KouheiNakamura

バートン・フィンクのKouheiNakamuraのレビュー・感想・評価

バートン・フィンク(1991年製作の映画)
5.0
書けない男と掻く男。


暑い。暑くて暑くてたまらない。汗が止まらない。こんなに暑くて不快なホテルは初めてだ。壁紙は剥がれ、蚊が飛び回る。ちくしょう、暑い…。と、突然ドアをノックする音。ドアを開けると、妙な髪型をした細身の男が立っている。男が言うには俺の部屋から物音がして執筆に集中出来ないそうだ。男は脚本家だった。男の名前は、バートン・フィンク。まるで無垢な赤子のようなやつだった…。

コーエン兄弟が前作「ミラーズ・クロッシング」で経験した脚本家としての苦悩を投影した映画。蒸し暑いホテルにこもってB級レスラー映画の脚本を執筆する脚本家が、やがて現実と妄想の狭間で翻弄されていく様を描く。様々な深読みの出来るストーリー、名匠ロジャー・ディーキンスによる美しい撮影などが話題になりカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した。

冒頭の文はこの映画で強烈な印象を残すジョン・グッドマンの演じるチャーリーの視点から、主人公のバートン・フィンクとの出会いとその時の心情を妄想して書いたものだ。先にも述べた通り、この作品は数あるコーエン兄弟の映画の中でもトップクラスに難解な映画である。一見すると抽象的な場面にも監督の明確な意思を感じる。しかし同時にこの解釈が正解!とはしない、懐の深さも併せ持っている。
映画の中にはたくさんの意味ありげな小道具が出てくる。例えば暑さで剥がれるホテルの壁紙。そこからはみ出してくる糊。部屋中を飛び回る蚊。壁に貼ってある美女のポスター。そして極め付けはジョン・グッドマンから託される箱…。観る側がこれらをどう解釈するかによって、この映画の評価は変動する。曰く、聖書に基づいた神と悪魔の物語であるとか。エディプス・コンプレックスをモチーフにした親殺しの物語であるとか。ハリウッドの内幕を描いた物語であるとか。当時のユダヤ人の置かれた状況を暗に示した物語であるとか…。そのどれもがバートン・フィンクという映画を表している。どの解釈も正しく、そしてどの解釈も間違っている。こんなに懐の深い映画も中々ないだろう。

単純にじわじわ進んでいく前半と衝撃の展開が連続する後半の落差が楽しく、こちらの感覚が絶えず揺さぶられて飽きない。
コーエン兄弟の映画をある程度観た後に観ることをオススメします。個人的には大傑作です。
KouheiNakamura

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