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福田村事件のinotomoのレビュー・感想・評価

福田村事件(2023年製作の映画)
4.5
1923年夏、日本統治下の朝鮮で教師をしていた澤田は、妻の静子を連れて帰国し、故郷の福田村に戻る。澤田は何か秘密を抱えている様子だが、真相を静子は知らない。村には村長を務める澤田の同級生の田向や長谷川、戦争で夫を亡くした咲江や、船の船頭をしている倉蔵らがいた。同じ頃、四国から、女性や幼い子供らも交えた薬の行商団が関東を目指していた。9月1日関東大震災が発生。震災後、朝鮮人に関する噂がひしめく中、行商団は福田村の人々に朝鮮人と誤解され、衝突する。
大正時代に実際に起こった、日本人による日本人への虐殺事件、福田村事件を題材にした作品。監督は森達也。

ずっと見たかった作品を配信で鑑賞。これは映画館の大きなスクリーンで見たかった。きっともっとすごい映画体験になったはず。朝鮮人に間違われた四国の行商団が殺されてしまう事件を題材にした作品。関東大震災の混乱で、朝鮮人が殺害された話は何となく知っていたけど、この事件のことは知らなかった。歪んだ大義名分や正義のもと行われた殺人。福田村の人々が、まるで洗脳されたかのようにヒートアップしていく場面の迫力がすごい。戦争は続いているし、差別はきっといまだになくなっていない問題だし、過激な攻撃はSNSでの誹謗中傷に通じる部分がある。まさに、現代社会の闇を映し出している。そして様々な問題に対して、ただの傍観者でいることの罪についても問われているように感じる。差別に関しては、朝鮮人や中国人などの外国人への差別だけでなく、部落出身者への差別も描かれている。歴史の授業で学んではいたけど、映画で初めて、穢多という言葉を聞いたかもしれない。戦争中の日本軍の蛮行や社会主義者への圧力も描かれていて、これだけでかなり骨太なテーマになっていて、見応えがある。

事件は実在のものだけど、それに至るまでのフィクションの部分を、事件に絡ませて行くあたりの見せ方、伏線など、脚本が素晴らしいと感じた。戦争で夫が不在中に他の男性で寂しさを埋める人妻、帰って来ない夫を待つ妻の焦燥感、朝鮮人の飴売りの少女との出会いなど、それら全てが見事にクライマックスの事件に結集したと思う。行商団に最初に殺戮の刃を振り下ろす人物にも、驚きながらも妙に納得してしまう説得力があった。クライマックスは、かなり胸がしめつけられた。「朝鮮人なら殺してええんか」と叫ぶ行商団の親方、「何のために生まれてきたんだ」と言いながら死んでいく青年。ストレートさがビシビシと心に響く。

俳優達は、割と有名ではない役者が多く起用されていたように感じだ。みんな素晴らしい演技で、過酷な時代にたくましく生きる人々のギラギラとした目力とエネルギーが感じられた。未亡人の咲江を演じた、元水曜日のカンパネラのコムアイは、何度か生でパフォーマンスを見たことがあるけど、独特の色気を醸し出す好演で驚いた。また、澤田の妻の静子を演じた田中麗奈は、自由奔放な輝きを見せてくれて印象に残った。ラストシーンの澤田夫妻の会話の意味を噛み砕けていないけど、不思議な余韻を残していた。

あまりに悲しい事件が、なぜ長い間封印されていたのか。そこにも差別問題がネックになっていたと知る。この事件を題材に映画を作った方々の志が、まず素晴らしいと思う。今はあまり権威はないけど、日本アカデミー賞にノミネートされたのは、良い機会になったと思うので、多くの人に届いて欲しい。
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