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月のinotomoのレビュー・感想・評価

(2023年製作の映画)
4.2
かつて作家として注目された洋子は、ある出来事をきっかけに、作品を書けなくなっていた。定職を持たない夫との生活を支えるため、ある森の奥深くにある、障害者施設で介護職として働きだす。そこには、作家志望の陽子や、絵が得意な、さとくんと呼ばれる青年が同じく介護職として働いていた。洋子は施設の中で、職員による入所者に対する暴力やいじめのような行為を目撃する。

2016年に実際にあった、相模原障害者施設での殺傷事件をもとに作られた辺見庸の小説をもとに、オリジナルの部分を加えて石井裕也が脚本と監督を担った作品。事件のことを調べてみたら、当時の実際の状況に忠実に、事件が描かれていると感じた。殺戮の場面のおぞましさもあり、作品を見たあとの後味は、決して良いものではない。人の命の尊厳という、誰も理解している普遍的なルールに対し、綺麗事だけじゃない、人間の本音のような部分を、見ているものに突きつける、シビアな作品。物語の終盤で、洋子とさとくんが対峙し、さとくんが犯行を決意するまでの思いを語る場面が、まさにそのまま洋子だけでなく、見ている人に問われていたように思う。役者の熱演もあり、かなり心を揺さぶられる場面だったと思う。

実在の事件を扱うにあたり、デリケートな問題もあったと思うし、命の尊さを描きつつ、事件を風化させてはいけないという使命感もあり、作品自体の志の高さはすごく感じた。しかし、3.11の震災のトラウマや、洋子とその夫が息子を失ってそこから再生するまでの経緯、幼い頃に体罰という虐待を受けて歪んでしまった陽子の人生とか、テーマが分散してしまい、物語として昇華しきれてない印象が残った。どこか地に足がついていないというか、現実味に欠ける要素があるような気がしたし、障害者施設の様子や介護職の仕事の描き方がリアリティに欠けるのも気になった。実際の障害者の方々の映像も交えてはいたが、介護職を演じた俳優達の仕事の実際がほとんどなかったように思うし、ネグレクトのように個室に閉じ込められ放置されてる入所者の実態は、さすがに現実味がないと感じた。施設の実態や介護職の大変さが、セリフでしか語られていず、リアリティに欠ける気がした。私も医療職であり、実際に認知症の方への心無い行為を目撃したこともあるけど、看護師や医師など有資格者による働きかけが必ずあるのではとも思った。さとくんの歩んできた人生経験と、歪んだ正義感が、彼を突き動かしたのは理解できたが、実際の事件の犯人もそうだったように、大麻の常習者だという時点で、その言葉の説得力にも、フィルターがかかってしまったように感じた。

常に辛気臭い表情の、宮沢りえ演じる洋子というキャラクターに、なかなか共感というか感情移入出来なかったけど、オダギリジョー演じる夫との昌平との関係性みたいなものは、さほど嫌いではなかった。オダギリジョーの醸し出す柔らかい雰囲気が、作品の中の癒しだったように思う。
さとくんを演じた、磯村勇斗は素晴らしかった。ドラマ「きのう何食べた?」でジルベールを演じる彼が好きなんだけど、今の若手俳優で実力が抜きん出ているように思う。広告契約を断られてもいい、と覚悟して演じたというその熱量が感じられたし、さとくんの瞳のギラギラした輝きに力を感じた。作家志望で挫折を繰り返している陽子を演じた二階堂ふみは、二面性のあるキャラを演じさせたら、天下一品だと思う。さすがのうまさだった。

私は救急医療に携わっていた時に、自分のテーマとして持っていたのは、人はどんな状態で命が終わりを迎えそうな時でも、家族や他者に何か影響を与える存在であり、その命を助けるために私達は全力を注がないとならないということ。作品のメッセージを自分に問いかけた時に、自分の答はこれなのかなと思い起こした。
見る人に、何かを考えさせるきっかけを与える作品としては、成功しているかもしれない。映画としては、若干の詰めの甘さを感じ、残念な感じが残った作品だった。
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