Fitzcarraldo

薔薇の名前のFitzcarraldoのレビュー・感想・評価

薔薇の名前(1986年製作の映画)
4.8
30カ国以上で翻訳され全世界で5500万部を超える大ベストセラーを記録したイタリアの知の巨人である記号学者ウンベルト・エーコ(1932- 2016)の同名小説をJean-Jacques Annaud監督により映画化。

上下巻の圧倒的な大著をAndrew Birkin、Gérard Brach、Howard Franklin、Alain Godardの4人がかりで見事に脚色。

1327年に起きた奇怪な連続殺人事件の謎を解く7日間の物語。Sherlockian(シャーロキアン)である原作者のエーコは、Sean Connery演じる修道士ウィリアムをシャーロック・ホームズとし、Christian Slater演じる見習い修道士のアドソを助手のワトスンに見立て、探偵小説という形を借りて中世秩序の綻びを「知」を武器に、言語や記号の解明に挑む。

中世が舞台で、さらにキリスト教の派閥とか馴染みがないし、ややこしくて退屈かなという第一印象を吹き飛ばす快作!宗教のことは分からなくても大して問題でない。先ず中世の再現度の高さが素晴らしい。オープニングで丘陵の先に薄っすらと見える丘の上にある修道院はイタリアにあるRocca Calascio。石造りの建物は10世紀に作られたものとか…本編には遠景でしか使われてないのだが、これがまた非常に美しい。建物もそうだが、山々の開放感ある立地もいいし、景色も素晴らしい。是非とも訪れてみたい場所である。

修道院の外観はどこにあるのか?セットなのか調べてもよくわからなかった…Maurits Cornelis Escherのだまし絵のような迷宮階段の隠れ蔵書タワーはセットのようだが…この不穏な感じもいいよね。衣装も素晴らしいし…ルックとしては申し分ない。

あとは役者の顔!これがホントに素晴らしい!みんな超個性的で唯一無二の顔をしてる。もうそこにいるだけで異様な雰囲気を醸し出せるのは国宝級でしょ!!素晴らしいキャスティングです。売れてる旬な役者ばかりを使う邦画には絶対に出来ないキャスティング!薄っぺらい顔に薄っぺらい芝居して薄っぺらい作品となり果てる。やはり映画は顔でしょ!


ウベルティーノ師
「女というものは…もともとは邪悪だが、神の恵みで崇高になる。そして天の恩寵の伝え手となるのだ」

なんという教え…そして演じたWilliam Hickeyの顔が素晴らしい。


"ペネテンツィアージテ"を唱えたRon Perlman 演じるサルヴァトーレという男の顔も最高っ!Tom Waitsと顔の系統が同じ。


ウィリアムからアドソへ…

ウィリアム
「忘れるな。信仰と狂信の違いは、わずかでしかない。紙一重だ」

アメリカではQAnonが急進的に勢力を築き、日本でも陰謀論を信じる一定数の人間がいるが…確かに…紙一重だな。狂信者に何を言っても通じない。他者を受け入れる度量がないし、自分が信じるものが善で、それ以外は悪だと決めつけて、相手を攻撃することでしか救いがないと思っているのが恐ろしい。


白眼の男ホルヘ長老とウィリアム。

ホルヘ
「戯れの言葉や笑いを誘う言葉は許されぬ!バカげた笑い声が聞こえたものでな…フランシスコ会は笑いに寛大らしいが…」

ウィリアム
「聖フランシスコは笑いを好みました」

ホルヘ
「笑いは悪魔の風だ!人間の顔をゆがめてサルの顔に変えてしまう」

ウィリアム
「サルは笑わない。笑うのは人間だけです」

ホルヘ
「罪だ!キリストは笑わん…」

ウィリアム
「確かで?」

ホルヘ
「笑った記録はない!」

ウィリアム
「逆の記録もない。喜劇を使って異教徒をからかった聖人もいる。聖マウルスは熱湯責めにあった時、冷たいと言い、湯に手を入れたスルタンはヤケドした」

ホルヘ
「熱湯責めにあった聖人がそんな子供じみたマネはせん。声も上げずに耐えたのだ」

ウィリアム
「アリストテレスは"詩学"の第二部で、喜劇は真実の道具だと…」

ホルヘ
「読んだのか?」

ウィリアム
「いいえ。何世紀も紛失したままです」

ホルヘ
「いや!書かれておらんのだ!神が無益なものを望むわけがない!」

大晦日に恒例となった笑ってはいけないシリーズ…全く笑えないから見てないけど、本作のパロディで"笑ってはいけない修道院"をやるなら見るよ!売れてる人を起用するんじゃなくて、ちゃんと顔のいい人をキャスティングして欲しい。大地康雄とかね…いい顔してると思うけど。


師と弟子。

ウィリアム
「お前は愛と肉欲を混同してる…。聖書は明快だ。"箴言"に'女は男の魂を奪う'とある。"伝道の書"には'女は死よりも苦い'とある」

アドソ
「でも…先生のお考えは?」

ウィリアム
「お前のような経験はしてないが、神にはお考えがあるはずだ。神が女を創られたのなら、女には何らかの美徳があるはずだ。ん?禁欲の生活は平和でいい。平穏と安泰がある。退屈だ が…」

これをショーン・コネリーが言うからまた重みがあっていいよね。007でモテまくりヤリまくりのPLAYBOYが白髪混じりで言うからまた説得力が違う!


アリストテレス"詩学"第二部。

ウィリアム
「"喜劇が笑いを誘うのは、世俗の人々のありのままの姿や欠点を楽しめるからだ"」

逃げるホルヘ長老。

ウィリアム
「喜劇論は他にもあるのに、なぜこの本を恐れる?」

ホルヘ
「アリストテレスだからだ」

ウィリアム
「なぜ、それほど笑いを警戒する?」

ホルヘ
「笑いが恐れを殺せば、もはや信仰は成立しなくなる。民衆が悪魔を恐れなければ神は必要ない」

(なるほど…そういう原理ね。これって現代にも通ずる真理じゃないかな…笑いに救われている人は特に日本人に多いような…だから無宗教の人が多いというのもあるか?!それは飛躍しすぎか…?)

ウィリアム
「だが本を隠しても笑いはなくならない」

ホルヘ
「そのとおりだ。笑いは民衆の中に生き続ける。だが、この本の存在が世間に知れたら…何でも笑い飛ばせると公式に認めることになる。神を笑うことが許されれば世界はカオスに戻ってしまう。だから私が封印するのだ。語られてはならぬ。私が墓場に持っていく」


なるほど…古の昔の人がそう思うのも分かる気がする。確かに現代はとうにカオスとなり果て自殺者が減少刷る兆しもない。

知識や書物が如何に大切か…そして、それを書き残した知識人は、やはり偉大だ。その膨大な知識人の集積によって、いかに我々は恩恵を受けていることか…インターネットで、いつでも誰でも簡単にアクセスできることが、どれだけ突飛なことか…この時代の生活といかにかけ離れているか…

異端の鳥じゃないけど、いまだに理解できないものを排除しようとする人間のおぞましい狂気にまた触れた気がする…。

原作は前に一度、パラパラと立ち読みしたのだが、ちょっと自分には太刀打ちできそうになかったので、買うのを躊躇して本棚に戻してしまったが…映画の出来を考えたら、原作はさらに何倍も楽しめると察しがつくので改めて挑戦しようと思う。
Fitzcarraldo

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