ミッキン

零落のミッキンのレビュー・感想・評価

零落(2023年製作の映画)
4.3
エンドロールで監督が竹中直人だと知った。恥ずかしながら彼の作品はこれまで観たことがなく、今更ながら才能に驚いている。
淡々と、弱拍で進行するかと思いきや、浴槽から水が溢れるように溜め込んだ怒りが一気に爆発するこの緩急。シーンを丁寧に、丁寧に積み上げているからこそ観ている側(少なくとも自分)も置いてきぼりにならず痛みを共有できる。
序盤は字幕無しでは分からないくらいボソボソと喋る斎藤工。
売れている時はチヤホヤ、人気が陰ると掌返し。売れている漫画家しか必要とされていないという強迫観念。形だけの友達づきあい。余計な装飾語抜きで表現されていると思った。
映像美もまたいい。陰湿な仕事部屋。ホテルのネオンの妖艶さ。美術スタッフも、照明スタッフも雰囲気にあったシーンをしっかり作り上げている。

趣里演じるちふゆの故郷のシーンも夏の空の青さや広がる海がとても美しく切り取られているし、ゆったりと時間が流れている描写がまたいい。

漫画家だった自分を捨て去り、ちふゆと一緒になって真新しい人生をスタートしようという決意。しかし、交換したLINEの登録名で素性がバレてしまう。あの時の悲痛な慟哭は胸が苦しくなった。
あの場面でちふゆが『さよサン』最終巻ラストの台詞を暗唱したのも、多分彼女には作家のメッセージがちゃんと届いていた証拠だと思いたい。
伝わる、評価される、ずっと応援してくれるファンがいる。
これは漫画家に限らず全てのクリエイターにとって嬉しいことなはず。
しかし、斎藤工演じる深澤薫にはもう響かなくなっていた。
もともとが自己中心的なコミュ障。
故に大学時代に年下の彼女が離れてしまい、妻も自分を夫として見てはくれない。全ては自分が蒔いた種。
愛に飢えても与えてくれる人はおらず、結局行き着いた答えは売れる作品を生み出すこと。
虚しさと引き換えに次作の『星ポラ』を方法論でヒットさせて迎えたサイン会。
低迷期でもずっと応援してくれたアカリがその本質を理解してなかったことへのショックで物語は幕を閉じる。
なんて辛い終わり方なんだろう。そう思える人は決して多くないかもしれない。
しかし、少なくとも自分には伝わった。
だからこのスコアである。

偶然だけど、自分も年末年始にポルトガル・リスボンへ旅行してきた。少しならポルトガル語も喋れるよ。