囁きのwhisper

PERFECT DAYSの囁きのwhisperのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.2
ヴィム・ヴェンダースってかなり有名だけどかろうじて大昔に「都会のアリス」を観たことしかなくて、シネフィル好みの雰囲気重視系映画を撮る人なんだろうな〜という勝手な苦手意識を抱いていた。
ただ本作で我がオールタイムベスト「CURE」の主演たる役所広司がカンヌで男優賞受賞とのことで、意を決して鑑賞。
もちろんある程度予想してたような要素はあったものの、それ以上に職人としての丁寧な描写の積み重ねと、大胆さを感じた。

本作では、大きな事件というのが特に起こらない。
清掃という“現状維持”のための仕事を毎日繰り返し、日々同じ風呂屋に行き、同じ店で食事をし、同じ木の写真を撮る。
その同じような日々の中で、ほんの少しだけいつもと違う人との関わりがあったり、天気が悪い日があったり、店が混んでたりする。
そんな少しの変化を楽しむように、彼は毎日空を見上げて、ひたすらに仕事をこなす。

この映画のキャッチコピー「こんなふうに 生きていけたなら」という感情を、確かに見ていて抱く瞬間があった。ただそれと同時に、本当にこれが幸せと言えるのか?という思いも抱いてしまう。
彼はこの人生に満足しているのか?家族は?結婚は?なぜこの仕事を?語られることのない彼の人生を、自然と知りたくなってしまう。

後半になると、彼がより多く喋り、感情をあらわにするようになる。繋がりが希薄であると思われる家族の風貌から、彼が他の家族と比べて質素な人生であることが予想できる。
そして、終盤の“影”のエピソードで、彼は変化を信じていることが分かる。

クライマックスは圧巻の一言だった。朝日に照らされた役所広司という役者の表情に、彼の繰り返してきた生活、彼の送ってきた人生の全てを託す、凄まじい長回し。
丁寧に丁寧に日々の描写を積み重ねてきたこの映画そのものから、感情が解放されるような“賭け”の演出に、ヴィム・ヴェンダースという巨匠の気概を感じずにはいられなかった。

鑑賞から時間が経った今でも、ふとあの泣き笑いを思い出してしまう、2023年という一年の締めにふさわしい映画体験であった。
囁きのwhisper

囁きのwhisper