囁きのwhisper

VORTEX ヴォルテックスの囁きのwhisperのネタバレレビュー・内容・結末

VORTEX ヴォルテックス(2021年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

90年代からゼロ年代までかなりの寡作だったギャスパー・ノエが、2015年の「LOVE 3D」以降かなりの頻度で新作を出し続けている、もうそれだけで大変ありがたいことなのだが、毎度毎度好みにド直球で、もはや一番好きな映画監督はギャスパー・ノエと言っても過言ではないかもしれない。
そして本作については予告などを見た限り、ノエお得意の赤を中心とした原色バキバキの強烈な色彩は控えめで、初期作の「カルネ」「カノン」に近いような人間ドラマ中心のイメージ。観客の視神経を破壊した「ルクス・エテルナ」を経てノエがどんなドラマを描くのか楽しみだったが、あまりに恐ろしい作品だった。

全体の構造としては、老夫婦のそれぞれの視点を左右に分けて描くスプリットスクリーンが中心で、認知症を患う妻と、心臓病を患う夫の緩やかな終末が、2時間半近い時間をかけてじっくりと描かれていく。
段々と症状が進行し、人の判別や自身の行動も認識できなくなっていく妻と、いつ爆発するか分からない心臓を抱える夫、タイプの違う危うさを抱えた生活の恐怖はもちろんあるのだが、その恐怖を過剰に煽るような演出はしない。
むしろ、ノエお得意の赤系統の色彩も、過去作と比べて彩度は抑えめで、暴力的な印象よりも、家という空間に根付く人の温もりを強く感じさせる。
だからこそ、事が起きてしまった後の病院の青白い光が、取り返しのつかない無情さを感じさせるというのは、これまでにないアプローチで驚いた。

長い時間を使って家の中の生活を中心に描き、そして息子との議論の場面にもあるように、「家」という存在と生活の結びつきを印象的に描いたことで、2人が亡くなった後の「家は生きている人のためのもの」という言葉が深く突き刺さる。

だからこそ、ラストシーンはあまりにも恐ろしく感じた。
住人のいなくなった家から、生前使われていた家具や物が段々と撤去され、何もない「空間」へと変化していく。もはや彼らが生きていた痕跡は、小さな骨壷と、いずれ消えてしまう近親者の記憶のみ。
エネルギッシュな暴力を描いてきたノエから、あまりにも冷酷で完全な死のビジョンを見せられ、背筋が凍るとはまさにこのことかと思った。
感じ方は人によるとは思うけれど、少なくとも自分にとっては、ここまで恐ろしい映画は早々出会えるものではない。2023年ベスト作品。
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