はまたに

PERFECT DAYSのはまたにのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
5.0
日々の細々、少しずつに逐一満足してこます。それは爆弾。それは苗。

飽くなき向上心やら満足したら終わりといった言質にどうしても相容れぬ違和感を抱いてしまう自分にとって、イチローがインタビューで「満足? 毎日してますよ。それが次につながると思うんで」と答えたことにえも言われぬ嬉しさを感じた人間にとって、この作品は我が意を得たりの心に残る1本になりました。

とにもかくにも役所広司。このチャーミングな男(文字通り This charming man だぜ)の瞳の輝きを見よ。これだよ、これが自分が日々の生活で保っていたいものなんだ。

今日は天気がいい。風が緑を揺らしている。日が長くなった。草木が芽吹きはじめた。秋の虫が鳴いている。夏に鳥が囀っている。いい本に出会った。ご飯がうまい。お風呂が気持ちいい。贔屓のチームが勝った。少しずつ英語が上達してる。走っていい汗をかいた。バラエティ番組で大笑いした。つまらない話で気持ちが軽くなった。いろんなことがあるけど、空には星が綺麗(by 斉藤和義)。そんなこんなで毎日が少しずつ楽しい。それが自分の人生の理想。

思い出の数は重要ではない。誇れるものの数も重要ではない。世に流布している幸せの定義はちょっと大げさすぎるんだ。

花鳥風月に通じる(精通するのではなく感じられるようになる)ということが毎日を豊かにすると思う。少しの違いに目配せできるようになれば、いつもと同じ通り道はいつもとちょっと違うそれになり、やがてはいつも違う風景になる(達人の域)。1年前も今日も全く同じ、明日もどうせ変わらないんだろうと気に病むことはない。すべては新鮮なのだ。

って、ちょっと宗教がかった物言いだな。でもまあ、大意としてはそういうこと。でも、それをなしえるには結構文化資本の有無が差を分けるんだろうな。自然の機微を感じ分けられるのも文化的な資質というか。

ということを平山さんを見ながらちょっと感じてしまった。妹さん自身、ないしはその旦那さんが財を成した人かもしれないけど、平山さんの文化的な豊かさを鑑みると2人はたぶんええとこの子。自分は必死でかじりついてつまんないながら文化的なものが好きな偽物になってるつもりだけど、生得領域の差はいかんともしがたいのかなとは思っちゃった。
関係ないけど、兄妹の仲がわるくなかったところに無性に泣けた。

とはいえ、なんかあまりにも平山さんの生気ある眼差しや表情が自分の理想すぎたので、その他の巷で言われているアカンポイントがまんましっかりダメダメだったことも忘れて満点つけるしかありませんでした。あんな特徴的なシャレオツ公共トイレばっかり映して、それが平山さんの生活ぶりや人生の対比にも別になっておらずただただ露骨で露悪的でグロテスクですらあるという点(言いすぎ)をもってしても、満点しかつけられませんでした。

満点ついでで言うと、あの○×ゲーム(三目並べって言うのな)、同じ人とのやりとりだったっぽいのはちょっとあれだったかな。平山さん以外はすべて別々の人、って方が好みでした。

締めよ。コロナ禍が沈静化してからの2年ほど、新しい友達ができ、以前の自分が嫌いだったもの―お酒、飲み会、カラオケ、大人数―を楽しめるようになっていたけど、やっぱり自分の巣はここなんだろうなと再確認させられる作品でした。ヴェンダース、ありがとう。ちょっと日々の生活を軌道修正しますわ。お酒があらわにした自分の汚い性分にも嫌気が差したしね。

とりあえず、これが2024年の映画初めにして年間ベスト1の候補筆頭だと思う。ちょっとした飲み屋に石川さゆりがいることも三浦友和と影踏みする世界線もないと思うけど、それでも筆頭で満点です。

あと「幸田文はもっと評価されるべきよ」の一言。最高です。今まで読んだ日本語の文章でいちばん好きなのは幸田文です。みんな読みましょう。そして、映画の登場人物に言われなくても幸田文はもっと評価されるべきよと思っていた自分ももっと評価されるべきです。みんな褒めましょう! 私を!
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