おむぼ

PERFECT DAYSのおむぼのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.0
 金銭的に決して裕福ではない口数の少ない中年男性の紋切り型の日々が映されていた。
決して無気力ではなく情報社会に触れられるものから極力離れた文化に囲まれた朴訥なように見える生活は、おそらく新自由主義の理想の1つを描いていたと思う。
しかし、その朴訥な生活は優しさ≒臆病さや過去の自分からの逃避ゆえかと窺い知れる屈折が時折見えて、リアリズムを生み出していた。

 主人公の1日の始まりがこの映画の始まりだったが、住んでいる古いアパートは自らの心を表す城といった感じで、植物を育てる暗室、寝室の読書灯、洗い場の蛍光灯と色の三原色に近い照明だったのは画的に最も掴まれるところだった。

 世間では、同居人がおらず誰にも看取られることなく家で1人で死ぬことを孤独死と呼ぶことが定着しているが、趣味や好きな音楽や本があってそれを作る人の思いや考えが見えていたり、家族や愛情のしがらみ無くとも他人と交流があれば真の意味で孤独ではなかったりするので、これは偏見をもたらす良くない言葉だと考えている。
だから、

「住む世界が違う」

と主人公のことを表していた疎遠な妹は、わかりやすく世間のメタファーだった。
外面しか見えない世間のメタファーという点では、子どもの手を除菌シートで拭く母親もそう。
それでも仕方ないと割り切ってしまう世間に対する臆病さが、この主人公の性質だった。
また、人によって世間体を気にする度合いが違うのは、人間だけに限らず哺乳類の男と女の本能的な属性の違いも関わると思うので、そのメタファーの自然さは腑に落ちた。

 そんな主人公も心の持ちようでは耐えられずに最も荒んで怒りを顕にしたのは、他人に振り回されてワークライフバランスが崩れたことだったのが印象深かった。
主人公の口数が少ない性格の裏付けとして、過去、誰も信頼できなくなった経験があるように見える。

 でも、無口で文化的で規則正しい生活の主人公と真反対の、おしゃべりで清潔感が無くてだらしない生活をしているけれど時折誰かに愛されているやつが微妙に主人公の日常を掻き回してオチの無いまま去ってもなんだか生きていけそうな図太さは、ギリギリ嘘じゃないおかしさでおもしろかった。
出勤して、車を運転しながら聴くルー・リードやパティ・スミスのカセットテープはかっこいいし、しゃらくせえ。
しゃらくせえ要素だけども、それは今なら金になるとひと悶着起こすくだりもひどくナンセンスなうえに、わからなくもないので好きだった。
需要に合わせて値踏みするのは資本主義社会で生きる時に下手打たないための基本だから。

 これはきっと野暮だろうが、この映画で主人公が掃除する公衆トイレはここ数年で渋谷区にいくつか設置されたデザイナー設計による新しくておしゃれなものばかりで、それありきのプロジェクトがこの映画の発端であることを考えれば仕方ないが、画面からは広報や広告映像のきらいを感じる。
もっと汚い見た目でウォシュレットなんざもちろん無い公衆トイレは映画が公開されている現在でも23区内はおろか渋谷区内にも残っているのだから、そこを掃除する様子も見たかったとは思う。

 だからと言って、この映画は権威の側から見た都合の良い低所得者の幻想だと思うのは早まった判断だと思う。
そういった新しい公衆トイレだけを出さねばならない状況を活かして、主人公が生活する亀戸や浅草あたりの下町の風景との対比で「住む世界が違う」ことを、画的なわかりやすさをもってセンセーショナル過ぎずにもたらしていることも感じ取れるし、社会で要領良く立ち回れなくて遠回りをしたとて人恋しいのが人という真理も見せている。
結局、小津安二郎監督の偉大な影響はよく見える。

 理想だけでなく、主人公の屈折を通して見える暗部があることからも、日本人やその社会を客観的かつ冷静に見た映画だと思った。
劇中で家出して転がり込んできた主人公の姪が借りたミステリ文庫『11の物語』の登場人物を見て

「これ、あたしだ」

と思わず言っていたが、同じ思いをこの映画の誰かに抱きやすいと思う。
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