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落下の解剖学のギルドのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.3
【分かった”気に”なるエゴの進撃と邀撃で見える真実】
■あらすじ
人里離れた雪山の山荘で、男が転落死した。

はじめは事故と思われたが、次第にベストセラー作家である妻サンドラに殺人容疑が向けられる。現場に居合わせたのは、視覚障がいのある11歳の息子だけ。証人や検事により、夫婦の秘密や嘘が暴露され、登場人物の数だけ<真実>が現れるが──。

■みどころ
“真実の不確かさ”を全面に押し出した本作は裁判までの準備から審問までの動きを通じて事件の全貌を解剖していこうとするが、解剖して真実を知った”気”になることで映画の結末が泥沼になっていく。

2023年カンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールを受賞した本作は転落死した男の真実を暴こうとする裁判映画である。

犯人は〇〇というミステリーものとは一線を画す
「真実が分からない疑念」
「解決しない苛立ち」
「怒りを鎮める力学」
…の人間の裏側の心理に切り込んだ狡猾で腹積もりが見えない、同時に正義の仮面を被った進撃と迎撃が本作の見どころでもありスリラー<怖さ>だと思う。

雪山に構える家でベストセラー作家サンドラと彼女に質問したい学生とのやり取りから本作は始まる。
バイセクシャルのサンドラは学生ゾエと友好的で時々ジョークを言いながらインタビューを進めている。その途中に屋根から大音量の音楽が鳴り、インタビューが出来ないと判断したサンドラはゾエを帰宅させる。
その後、息子ダニエルにペットのスヌープと共に散歩に行きなさいと命じる。
やがてサンドラは部屋にこもり、ダニエルは散歩から帰宅すると夫が血を流して転落死をする姿を発見する。

その後、警察の現場調査が入り弁護士ヴァンサンと共に裁判に臨む。
サンドラは事件が起きた出来事をヴァンサンに詳細に説明していく。当時のアリバイを聞き取り、夫がどのように転落していったか?をサンドラ、ダニエルの証言と現場を見ながら死因を推定していく。
やがて警察が死因を特定するための現場再現を実施していくが、視覚障がいのサンドラの発言に誤りがあり認めたこと、ヴァンサンが報告した死因のメカニズムに矛盾が起こり、次第に雲行きが怪しくなっていく。

そこから裁判が始まり、本作の“真実の不確かさ”を暴く白眉に突入していく。ここからが本作の中心となっていく。
証言と事実を基に真実を明らかにし公平に裁くのが裁判である。
そんな中で検察官ゼネラルは証言、ゾエの録音データ、夫のUSBに残された夫婦喧嘩、作家を目指した夫の創作物を基に夫を殺害したのはサンドラではないか?と主張する。

サンドラ、ダニエル、ヴァンサンは検察官ゼネラルを中心にインタビューした学生、夫の抗うつ薬を渡した医者、現場調査に同席した男らの証言・主張・指摘に臨んでいく…

本作は裁判という一見すると厳正で公平に証言を聞き取り、その内容の妥当性・真偽を確認していく。
けれどもサンドラのアリバイ、視覚障がいを持ったダニエルの発言などの矛盾によって事件の真相が見えなくなっていき、疑惑が生まれていく。
場の雰囲気は真相が見えない事による嫌悪感が生まれていき、ゼネラルは(狙ってやってるか分からないけど)幾つかの疑問を投げかけていく。提出されたデータの”切り抜き”からサンドラには夫を殺す動機があるだろと言い、挙句の果てには夫婦喧嘩の要因にもなった夫の原案盗作・メランコリックな夫の想いを馳せた創作物を”引用”する形でサンドラらを追い込んでいく。
ゼネラルの一連の論法、倫理に欠いた発言というのは裁判の「証言と事実を基に真実を明らかにする」公正さから逸脱した「真実を知った”気に”なる」行為であり、創作物・データの切り抜きという「事実」を曲解しかねない武器を用いて落下を解剖した”気に”なる営みに繋がる。

そういった進撃というのはデヴィッド・フィンチャー「ゴーン・ガール」と幾つか共通点があり、出来事を巧妙に騙し・都合よく解釈し・すり替える狡猾さに通ずるものがある。
本作は裁判における落下を解剖した”気に”なる狡猾さ、その汚さを覆う「正義」の進撃に対して、息子ダニエルを中心に迎撃していく。
視覚障がい、現場の混乱を通じて判断に迷う真実を「真実だ」と決める覚悟を持って臨むのだ。

「正義感」を持った比喩的な「冤罪」に「真実だ」という覚悟で迎撃する姿は「ゴーン・ガール」とはまた違った緊迫感を持っていて、ダニエルの演技も相まって見ごたえがありました。
真実を暴こうとする中で垣間見える人間の「狡猾さ」「正義感を振るう傲慢さ」を裁判の公正な場で現出する異常さが強烈な映画ではあるが、そこに立ち向かう姿が静かな絵面からは想像も付かない熱さを与えていて面白かったです。

本作はそういった目に見えない部分において観る側の「想像」を掻き立てて「真実」が見えない事への居心地の悪さ、それを無理やり補填して納得しようとする都合の良さというのを現出していく。
随所の閑話休題でのやり取り・結末も含めて「真実」の解剖する難しさ、難しさに解釈という形でやり過ごす等…様々な人間模様を「解剖」した怪作でした。

てかスヌープ凄すぎ。中盤にスヌープに関する衝撃的な展開があるけどアレどうやって撮ったんだ?というくらい迫真のシーンがあって越し抜かしたわ。
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