great兄やん

瞳をとじてのgreat兄やんのレビュー・感想・評価

瞳をとじて(2023年製作の映画)
4.5
【一言で言うと】
「”亡霊”への邂逅」

[あらすじ]
映画監督ミゲルがメガホンをとる映画「別れのまなざし」の撮影中に、主演俳優フリオ・アレナスが突然の失踪を遂げた。それから22年が過ぎたある日、ミゲルのもとに、かつての人気俳優失踪事件の謎を追うテレビ番組から出演依頼が舞い込む。取材への協力を決めたミゲルは、親友でもあったフリオと過ごした青春時代や自らの半生を追想していく。そして番組終了後、フリオに似た男が海辺の施設にいるとの情報が寄せられ...

ビクトル・エリセが込めた静かなる”奇跡”。風化寸前の”記憶”が映画という媒体によって息を吹き返すように、エリセがカメラ越しに見つめる瞳に”衰え”などないという確信が備わる見事な映画だった。まさに円熟と懐古の集大成を間近で体験できるという、他の映画では到底味わい得ないであろう崇高なる瞬間に立ち会ったような気がします...

『ミツバチのささやき』を幼少期の頃に母親と観て以来”遭遇”する機会が無かったビクトル・エリセの作品をリバイバルとしてではなく、まさか新作を銀幕のスクリーンで観れるとは思いもよらなかったですし、前作からおよそ31年という長い年月が経っているにも関わらず、その眼前に広がる新しい”景色”はまさしく幼少期に観た『ミツバチのささやき』を(朧げながらも)回顧させる感慨深さに満ち溢れていた。深い思い入れは無きにしても、過去に観た記憶がここまで新作とのリンクを果たす仕掛けとなっているのがとても新鮮に思えましたし、何よりも長期的なブランクを感じさせない静謐な力強さに思わず目頭が熱くなるほど。

ストーリーとしても”過去”と”喪失”の等号とも取れるテーマが描写されており、主要人物であるミゲルとフリオそれぞれ映画に付随した”失物”を携えた上で失われた過去への悲観に暮れる物語…かと思いきや、その悲観すら大切な”記憶”として堅実に映し出した監督の意義にハッとさせられたし、何よりも老いゆく”過去”を見据えた上で更に”未来”に希望を込めて見据えてゆく、まさにエリセ監督が煮詰めた31年分の”熟考”が全編に沁み渡ってきましたね😌...

とにかく映画と人生が溶け込み合う瞬間に邂逅する幸せたるや。まさにドライヤー亡き後の”奇跡”はエリセが代弁したかのような映画に対する愛に打ち震える、”創作物”としての枠を超越した輝きを放つ一本でした。

全編に冴え渡る美しいショットも格別ではあるが、やはり『ミツバチのささやき』以来50年ぶりに出演するアナ・トレントの存在がなんと言っても”特別”そのものであり、特にとある”セリフ”が50年越しに再び発せられる瞬間はまさしく最もエモーショナルなシーンであったと言えよう。

フィルムとデジタル。父と娘。常に両者は時と共に不等号であり続ける関係だが、映画と人生、そして”奇跡”は時代が変われど常に等号であり続ける。神妙な含みを持たせたフェードアウトではあったが、今はただビクトル・エリセが映画の持つ力を信じ続けていた事に感謝したいですね...