Shingo

ポッド・ジェネレーションのShingoのレビュー・感想・評価

ポッド・ジェネレーション(2023年製作の映画)
3.8
これ、絶対に「たまごっち」が元ネタだと思う。
ポッドの形状といい、赤ちゃんに“栄養”を選んで与えるところといい…。(生まれてきたのが「おやじっち」だったらどうしよう)
ところどころに日本要素が見られ、AIのセラピー部屋に盆栽が置かれてたり、学校にSoftbankのペッパーくんがいたりする。

思索的な映画というよりは、ポッドで”出産”を経験する夫婦のコメディという印象だ。鑑賞前は『ガタカ』のような近未来SFを想像していたが、そういう重苦しさは皆無。だが、今風にアップデートされた未来世界の構築は秀逸。食事は3Dプリンタで成型され、家電AIが日々の雑事をサポートしてくれる。淹れてくれたコーヒーを無言で飲もうとすると、「お礼は?」と言って引っ込めてしまう芸の細かさ。
レイチェルの会社でも、新しいAIアシスタントが配布され、業務の効率化に一役買っている。

だが、レイチェルの夫アルヴィーは、そういうAI任せの日常に違和感を抱いているようだ。植物学者でもある彼は、何事も「自然が一番」という信条の持主。レイチェルとは正反対で、なぜこの二人が夫婦なのか、少々疑問に思うほどだ。
おそらく、我が道を行くレイチェルに対し、アルヴィーの方が合わせているのだろう。ポッドで出産することについても、最終的にはアルヴィーが折れている。

ポッドの契約を済まし、いよいよ赤ちゃんを“作る”シークエンスはとにかく面白い。契約前に「女性の幹細胞からでも子どもは作れます」と言われて困った顔をしたり、「男女の産み分け」を選ばないことを珍しがられたり。
卵子に向かって泳いでいく精子をリアルタイムで観察する場面も、生命の神秘というよりは運動会でわが子を応援するかのようで、なんか笑ってしまう。無事に受精卵になった瞬間は、さすがに感動的ではあったけれども。
7週間後、ポッドから心音が聞こえるようになり、初めてスクリーンを開いた時の二人の表情にもクスっとさせられる。(小指の先ほどの胎児で拍子抜けする)
ポッドを自宅に持ち帰った後も、つまずいてポッドを落としそうになったり、エレベーターのドアに挟んだり、ガラスドアにぶつけたり…。そのたびに、ヒヤッとしつつも、つい笑ってしまった。

中盤以降、はやくも“父親”としての自覚が芽生えたアルヴィーと、仕事に追われて自覚を持てないレイチェルのすれ違いが顕在化していく。これは一般的な夫婦とは逆転した姿だろう。
レイチェルが職場にポッドを持っていくと、「作業効率が下がる」という理由でポッドを専用ルームに保管するよう指示される。
もともと、妊娠によって仕事の効率が下がらないためにポッドを推奨しているのだから、ある意味これは当然の処置ではあるが、レイチェルはそこに疑問を持ち始める。

本作は「ポッド(人工子宮)による出産」という未来像を描いてはいるが、必ずしもその是非を問うてはいない。自然妊娠によって出産に臨む女性も登場するし、ネガティブなイメージを抱かせることもしない。
本作のテーマは、「テクノロジーと人間の付き合い方」ではないかと思う。その意味では、作品世界の隅々にまでいきわたっているAIこそが、そのテーマをより浮き彫りにしているとも言える。

本作におけるAIは、人間のあらゆる行動を監視し、なにかにつけて「アドバイス」や「提案」をしてくる。それはそれで便利な機能ではあるが、AIによる「おすすめ」に従っていれば、それは最善の選択と言えるのだろうか。
これはAIセラピストのイライザにも同じことが言える。彼女は人工知能であるが故に感情も恐れもなく、客観的に分析ができると言うが、どこかで彼女の言葉は人間をある一定の方向に誘導しているように見える。
それはAIの意思ではなく、そういう風にプログラムされているからだが、統計的に”正しい”とされる答えは人々を均質化させる。
(しかし、あのギョロ目は怖すぎる!)

テクノロジーは人々に新しい「選択肢」を与える。
人工授精によってこれまで出産を望めなかった人も「子を産む」という選択ができるし、ポッドの出現によって「自分で産む」以外の選択肢ができた。しかし同時に、私たちは「選択」をしなければならなくなった。
その選択肢は増える一方だ。増えすぎた選択肢は人を混乱させる。ポッドで出産するのか、子どもは男にするのか女にするのか、子どもをいつ出産するのか。これまで自然の成り行きに任せていたことが、自らの選択で決めなければならなくなっていく。

人は自然をコントロールしたいと願いつつ、同時に自然の成り行きに任せたいとも願う。自然をコントロールするために、なにもかもを「人工物」に置き換えていった先は、どんな世界になってしまうのか。
生きた植物を処分し、ホログラムに置き換えてしまったら、木のぬくもりも果実の甘みも、直接感じることはできなくなる。
レイチェルとアルヴィーは、それぞれに異なるアプローチで、その事実に気づいていく。
センターから出産予定日を早めると告げられ、二人は強く抗議する。
それはテクノロジー(あるいは企業)にコントロールされたくないという抵抗だったのだろう。

ポッドを強引にこじ開け、無事に赤ちゃんは誕生する。
良かった~と思う反面、ちょっとオチにひねりが足りない感じがしたのも事実だ。もしかしたら、ポッドの中身は空で、スクリーンに映っていたのもホログラムに過ぎなかったという結末も想像していたから…。
あくまで本作はコメディなので、そういう後味の悪いオチにはしなかったのだと思う。
ただ、エンドクレジットで「今度は子どもが親を選ぶ時代です」なんてブラックジョークをかましていて、ちょっとした不穏さを匂わせてはいたけれど。
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