劇団チーズtheaterの旗揚げ公演作品を主宰者の戸田彬弘が自ら監督した。消えた市子（杉咲花）は存在していない、市子は誰なのか？名前と不在をめぐる物語だ。戸田は黒澤明の「羅生門」を意識したらしいが構造はオーソン・ウェルズの「市民ケーン」だ。長谷川（若葉竜也）が市子を追って動かないと映画がなかなか動き出さない。前半の子供時代のエピソードの積み重ねは停滞した羅列と化して焦ったい。いろんな人々の証言で市子の過酷な人生がだんだん明らかになっていくのだが、これは観客に対して過去を小出しに説明しているに過ぎない。リアルタイムの事件や運動がないのだ。「市民ケーン」のローズバットのような全体を貫く謎の追求がない。本作では、いま市子が何処にいるのか？何をしようとしているのか？という謎の追求こそリアルな縦軸になるはずだが、残念ながらそのサスペンは高まらない。長谷川の探索も、後藤刑事（宇野祥平）の機能しない中途半端な描かれ方とともに、終わり切れていない。映画は時間と運動を駆使した表現であることを意識して欲しい。
杉咲花は好演している。しかし何故周りの男たちがことごとく巻き込まれていくのか？何かが足りない。戸田の演出もパワー不足だ。絶望の中のバイタリティー、逞しさ、アナーキーさがない。ラストの市子のアップをはたしてどう受ければいいのか中途半端だ。戸田が本作で何をやりたかったのかが問われる。
手持ち撮影が多い。戸田の課題はロングショットが撮れない、決定的ショットが撮れない事だ。子供の演出が下手だ。監督の力量は子供の演出で明白になる。
