アキ

コンクリート・ユートピアのアキのレビュー・感想・評価

コンクリート・ユートピア(2021年製作の映画)
4.4
「エス」や「ディヴァイド」にせよ、なにやら人間なるものは絶望的閉鎖状況に追い込まれると途端に潜在化に潜むルサンチマンが顕在化して狂ってしまうようだ。該作においても、腹に一癖もつヨンタク(イ・ビョンホン)が当初は人生に絶望した引っ込み特性であったのが、周りに崇め奉られるや、変貌する。

で、こうした作品であるからその変貌の仕方に芸を見るわけだが、なかなかどうしてやはりというべきかイ・ビョンホンは言いえて妙な鬼畜具合だし、変化してゆくリズムも中途で新規に加入したキャラのおかげで極めて獣くさい仕上がりになっているのが好印象であった。

正味なところ、かつてのイビョンホンはどうにも過去の栄光から己の売り出し方に縛られてて、二枚目臭さが少しくハナについていたものだが、昨今の彼は年齢のことも加味してか、随分過去から脱皮し、役者の幅を広げようとしている姿勢がいい。初手の登場一つとってみても、顔を炭だらけにして、消火活動にいそしむ背中にはかつて「悪魔を見た」で受話器越しに付き合いのある彼女にムーディーな歌声を聞かせていた二枚目の気取りが全くない。我がも役柄も遮二無二な感じで、髪はぼさぼさ、服はぼろぼろ、そしてフェイスはどこからどーみても原監督でもあり、しかしそーした三枚目を正す風でもなくそのままに邁進する装いはまさに人の変貌を扱う作品としてこれ以上はない。まさにベストである。

実際のところビョンホン演じるヨンタクは変わる。むろんその顔面が、ではなく、変化するのは、それまで潜在化に飼っていた獣性ともいうべきルサンチマンである。それまでふたをして塞いでいた黒い煙がゆっくりと底から立ち上がってゆき、やがて全域に膨らんだ煙は内側を浸食してゆくのだ。
応じて態度も言葉も身振りも粗暴となる。人を殺める上での倫理の境界があやふやになる。そしてヨンタクに感化されたミンソン(パク・ソジュン)が変わる頃には、周囲は完全に我をなくしている。初手から変わらなかったのはミョンファ(パク・ポヨン)ただ一人であったという事実。では、彼女と彼女の周囲で違ったのは何だったのか?

ところで本日昼間に「クローブヒッチキラー(以下ちょっとネタバレあり)」なる作品を鑑賞したのだけれど、敬虔なクリスチャンであり、周囲からも尊崇の念を集めていたとある中年男性が、中盤以降その獣性を露わにする。家族全員が用向けでいなくなったのを見計らい、女装した己を紐で縛ってポラロイドで撮影、その写真を見てもしかし満足できずに、10年ぶりに獲物を物色しはじめ、とある中年女性に焦点定めたあと、家に侵入し、拘束したうえ殺害を企てる。
それまでの彼が清廉潔白な”普通の”市民であった溜めが効いていたぶん、後半のこうした描写には震えが走った。
そう、何もなければ普通の市民だったのだ。しかし該作では”家族全員が用向けでいなくなった”という刺激がトリガーとなり、彼の飼っていた獣性が黒い衝動となって彼を変えた。

で、本作の彼女と敬虔なクリスチャンであったこの中年男性の違いは何だったのだろうか。
苛烈な抑圧。
最後にミョンハは静かにつぶやくのだ。

「みんな普通だった」
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