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Renaissance: A Film by Beyoncéのshxtpieのレビュー・感想・評価

Renaissance: A Film by Beyoncé(2023年製作の映画)
4.0
年末、あまりにも忙しすぎたのと(しぬかと思った)、8日間しか上映していなかったから、見られなかったビー様(ビヨンセ)の映画。オフィシャルサイトにもソーシャルメディアにもろくな情報が載っていなかったけれど(ちゃんと宣伝とか告知とかしてほしい)、ふつうにまだ上映してるじゃん! というわけで、ようやく見られました。

それはそれとして、映画のプレスリリースに「来日公演は実現しなかった」なんて書いてあって、いや、おれ、まだあきらめてないんだけれど、と思ったのだった。ビー様、待ってますよ、日本に来てライブをやってくれるのを。まだあきらめてませんよ。

まずは、ざっくりとした感想。正直に言って、映画としての編集や構成は、ちょっといまいちなところがある。コンサートフィルムとしての完成度は、テイラー・スウィフトの映画のほうが断然上。というのも、アガる曲がきてノっているのに、ツアーの背景を映すドキュメンタリーパートがさしはさまれることが多いから。興が削がれる。『スラムダンク』とおなじですね。まあ、それ以外にやりようはないのだけれど。

カットが細かく割られているのも問題で、8ミリフィルムからスマホまで、様々なカメラで撮られたフッテージが頻繁に切り替わり、質感も画調も解像度も異なる画がモンタージュされている。さらに、これはあきらかにねらったことなんだろうけれど、かなりたくさんの公演の映像を組み合わせているので、衣装がバンバン変わって、ビー様がめちゃくちゃ「変身」する。それが、ビー様がそう見せたいと意図したことではあれ、ライブのパフォーマンスに没頭させることを邪魔してしまい、鑑賞者を疎外してしまう。また、会場のオーディエンスがかなり多く映されるのは、ビー様のビーハイブへの愛(の演出)ではあるものの、おなじくライブへの集中を邪魔するノイズになっていた。ふつう、ライブ中、周りの観客の顔をそんなに何度も見るわけじゃないでしょう?

あと、ドラムやベースなんかの低音部の音が全体的にこもり気味で、ボーカルのミキシングもライブ感があまりないというか、音がなんかちがうんだよなあ、映像とずれがあるなあ、と上映中、ずっと思っていた。

ここまでかなり下げましたが、あとは上げます。3回くらい、ふつうに泣いたので。

“Dangelously in Love”からの導入に、まずは感動。「愛……」という気持ちになった。ビー様の言葉が泣かせる。セルフラブも、他者への愛も、重要ですね。

それから、電源が突然落ちたトラブルをそのまま見せるとか、ツアー/ライブ/コンサートの裏側をめちゃくちゃ、あからさまに見せていく。パフォーマンスがつくられる過程を強調して見せ、ビー様は「結果よりも過程のほうが美しい」とまで語る。デザインは、思いっきり空山基だけどね! 映画をとおして、実際に演奏するミュージシャンやクイーンビーとともに踊るダンサー、一般的に「裏方」と呼ばれるようなスタッフをどんどんフィーチャーしていき、オーディエンスであるビーハイブを含めて、だれもが主役なんだ、あなたたちがいなければ私もいないんだ、という優しく力強いメッセージやエールを送る。これらは、ビー様の本音であり、イメージの演出でも当然あるだろう。印象深かったのは、唯一(?)の白人のゲイの美しいダンサーと、インスタでバズっただけで大抜擢された若いアフリカンアメリカンのダンサー。

ファッションへの強いこだわりなど、音楽への言及よりも、音楽以外のカルチャーへのそれが目立つ。トピックごとに、丁寧な語りがライブの合間に挿入されていく。たとえば、ブラッククィアたちのボールルームカルチャー、ヴォーギング、ハウスミュージックの根っこにあるもの。そして、個人的にもアツかったのは、故郷ヒューストンを含む、南部の文化への敬愛やレペゼン。ビッグ・フリーディアなんかもちらっと出ていて、DJスクルーへの言及もあったように、郷土愛をかなり強調する。セカンドライン、バウンス、スクルーと、南部の音楽が好きな自分にとっては、たまらないものがあった。計算高さを感じなくもないけれど、嘘偽りはないとも思える。把握しきれないほどの登場人物が次々に出てくるので、リストを確認して、もっとちゃんと知したい。

ハイライトは、やっぱりジョニーおじさんについてのパート。『RENAISSANCE』というアルバムの核になっている、ゲイでエイズで亡くなった彼の存在とハウスミュージックのことが語られるところは、アルバムとツアーの最良の解説であり、ビヨンセの姿勢を明らかにするものだった。『RENAISSANCE』については、ゲイカルチャーの盗用なんじゃないのかな? と懸念していた部分がなきにしもあらずだったから、ビヨンセの思いを直接知ることができてよかった。

そういったことを含めて、人間ビヨンセの人生が凝縮された、総決算的な映画になっている。過去のキャリア(スタジオに9時間閉じこめられて、低い声を出すように強制されて、声帯を痛めた。虐待じゃん)も現在もつまびらかにして、両親や子どもたちといった家族(夫ジェイ・Zへの言及はほとんどない!)への愛を明かし、自分が何者で、どうして、どんな思いでこのステージに立っているのかを、すべてさらけだしている。

娘ブルー・アイヴィの登場は、なかなかよかった。だれが見ても、彼女のダンスはまだまだあまいし、ビー様も色々と逡巡していたけれど、プレッシャーと緊張に押しつぶされそうになりながらも、堂々と踊りきった彼女の姿は、同年代の少年少女たちに勇気を与えると思う(両親がスーパーセレブであることを除けば……)。

いちばんうれしかったゲストは、おメグ(メーガン・ザ・スタリオン)。ダイアナ・ロス姐、ケンドリ兄(ケンドリック・ラマー)と、スーパースターがビー様のもとに駆けつけた。それにしても、ビー様は年齢や体調や怪我などもあってか、パフォーマンスにも語り口にも常に余裕と余力があって、それが逆に超大御所のすごみになっていた。

劇場では、隣にくさいおっちゃんがいたり、隣にスマホを頻繁に見るおっちゃんがいたり、オーディエンスが全体的にしらけて冷めたムードだったりと(一応、声出しOKの上映だった。終映後に近くの若者が「長かったな〜」とこぼしていた)、鑑賞の体験自体はちょっと残念だった(テイラー映画の時のアゲ&ハッピーバイブスと大ちがい)。とはいえ、ビー様の美しさにいつまでも見とれることができて、大名曲の連発に否応なしにアガり、圧倒された3時間。よかったです。ディーヴァぢからとセーフスペースへの強い思いが宿ったフィルム。ビーハイブだけでなく、ポップミュージックを愛する者は、全員必見。
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