アー君

ヴェルクマイスター・ハーモニー 4Kレストア版のアー君のレビュー・感想・評価

4.2
人間の持つ理性と本能、現実と妄想、秩序の裏返しが混沌のように、背反する概念にクラシカルな音楽を媒介とした実存主義寄りの群像劇であったと私なりに理解をしているが、メッセージは抽象的でもあるので、解釈は人によって様々な見方ができる黙示世界であった。

オープニングの飲み仲間を天体に喩えた酒場でのダンスシーンは天文学に関心を持つ郵便配達人ヤノーシュからみた安定した理想世界であるが、見せ物として現れたクジラとの出会いを機に何らかの影響を受けたのだろう。それは地元の住民も同様であり、暴動に巻き込まれて後に精神崩壊を起こす事態にまで発展するが、今まで面倒をみてきたエステルとの立場が逆転してしまうのは皮肉を交えた寓話である。

クジラから象徴されるものとして、幸運や復活などの一般的にポジティブな意味合いを示しているが、タル・ベーラにとっては懐疑的であり、それは老音楽家であるエステルを介して伝えている。彼は先人ヴェルクマイスターが音律に基準値を作ったことが音楽理論の過ちであり、例え不協和音であっても音楽として成立しており、予兆であるドンチャン騒ぎの子供達も然り、これらの暴動は伝統という名の抑圧から解放された人間本来の姿である事を訴えている。

クジラとの出会いや、病院での老人の場面によるヴァイオリンの演出シーンは、意図的にタイミングや音程をズラしている様な気もしたが。(小生の音感が全然ないのが原因かもしれないけど)

ヤノーシュの最後は彼が興味のあった天文学を紐解けば分かるのではないだろうか。コペルニクスやガリレオが天動説に異論を唱えたことは論争となり現在は地動説が常識といえるが、仮に視点を太陽なのか地球にすれば少なからず別の見方を持つことができた筈であったが、彼は論理的な地動説を盲信しすぎたために、急に覆(くつがえ)った周辺の現状に混乱をしてしまった被害者でもあるだろう。(天動説が正しいとは思わないが)

エステルの元妻役としてファスビンダー映画の常連女優であるハンナ・シグラが出演していただけでも、今回はお腹がいっぱいで満足ある。

パンフレットは24ページの中綴じ仕様。彩度のある特色が視覚的な効果を成しているが、作家性のある内容を汲み取れば、モノクロの無彩色によるダブルトーンだけで抑えても、監督の意図する雰囲気は踏襲はできるとは感じたが。

[シアター・イメージフォーラム 16:10〜]
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