ヨーク

フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーンのヨークのレビュー・感想・評価

4.0
他の映画の感想文でも何度か書いたような気がするが俺はあんまり役者にこだわりがない人間で、この人が出ているなら絶対観る! みたいなのはあんまりないんですよね。またシリーズものとかで役者が交代するときも、ふ~ん、くらいにしか思わない。だからちょっと前にチャドウィック・ボーズマンが亡くなられたときにもブラックパンサーの代役は立てないという判断に対して、え…なんで…? と思ったんですよね。別に役者が変わるくらいいいでしょ…と思ってしまうのだ。まぁ『ドラゴンボール』の孫悟空が野沢雅子から代わったらしばらく慣れることはできないとは思うが…。しかしそれはそれとして、そこそこは映画を観ているので当然好きな役者というのも数人はいて、その内の一人が本作『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』の主演であるスカーレット・ヨハンソンなのである。別に全ての出演作を見ているというほどのコアなファンではないが、好きなんですよね。
そして本作はそのスカーレット・ヨハンソンが出演を熱望した映画だというのである。別に役者にやる気があるからといって必ず名作が生まれるというわけではないが、まぁやる気がないよりかはあった方がいいだろう。そんなわけで好きな役者が前のめりになってる作品がつまんなかったらどうしよう…というどうでもいい不安感を抱きながら劇場へ行ったのだが、結果的には面白かったです。良かった。好きな役者が出ている映画をボロクソに貶すのは何だかんだでちょっとは心が痛むので…。そして実際に映画を観てみるとスカーレット・ヨハンソンがどうしてもこの役をやりたかったということも何となく腑に落ちた。うん、これは確かにスカヨハが主演するべき映画だったと思うわ。
具体的な映画の内容に移る前に何故俺がスカーレット・ヨハンソンという役者を好きなのか書いておこう。単純に美人だから好き、というのも当然あるのだが、彼女の外見やそれらがまとっている属性というものが非常にアメリカだからというのが好きなんですよね。好きっていうか、興味深い。多分彼女は理想的なアメリカンなレディというもの(そんなものは幻想にすぎないとしても)を体現する存在として愛され、祭り上げられているのではないかと思えてその存在そのものに興味がわくんですよ。白人で金髪で美人、マリリン・モンローと比べれば身長的にも少しちんちくりんな気もするがそれも愛嬌といった感じで、多分一部の人間が理想化するステロタイプ的なアメリカ人女性なのではないかと思うんですよね。もちろん彼女自身もそのことは自覚しているであろう。だから本作への出演を熱望したのではないかと俺は思います。そういや最近でもAI音声で彼女の声を模倣されたとかなんとかいう話題もあったが、やっぱアメリカンなシンボルを背負っている人なんじゃないかな。
というのも本作はめちゃくちゃアメリカを描いた映画なんですよ。お話はやや手垢に塗れてる感もあるが、時は1969年のアメリカでJ・F・ケネディ大統領がやってやんよ! と言い放った人類初の月面着陸を目指すアポロ計画から8年後の世界が舞台。宇宙事業に関してはソ連に先を行かれているNASAに対して国民の関心は薄れ予算は膨らむ一方。この状況をひっくり返すために政府関係者のウディ・ハレルソンはニューヨークを拠点にする広告業界の凄腕であるスカーレット・ヨハンソンにアポロ計画を自国民にPRするように白羽の矢を立てる。彼女はあらゆる合法非合法問わずにあらゆる手段を使ってアポロ計画を宣伝するが、その詐欺師的な手腕に実直なNASAのロケット発射責任者であるチャニング・テイタムが反発していく…というお話ですね。
ちなみにこれは予告編でも普通に触れられているので書くが、本作ではいわゆるアポロ計画陰謀論が取り上げられており『カプリコン・1』の主題にもされた月面着陸のフェイク動画が主人公であるスカーレット・ヨハンソンの指揮の元に作成されるという展開がある。本作でも名前が挙がるが現実世界の陰謀論ではキューブリックが撮ったとか言われる例のアレである。それがさ…もういいよね!
何がいいんだよって言われたら、それがアメリカって国だよなって思うんですよ、俺は。資本主義とエンタメと世界の趨勢を左右する権力の集中、それがアメリカですよ。アポロ計画自体がどうだったかはともかくとしても、頭にアルミホイル巻けと言われるような陰謀論でもウォーターゲート事件やトンキン湾事件などは後にそれが実際にあったことだと明らかになっている。また政府は公式には認めていないがエシュロンの存在なども、やってんじゃないの? と思ってる人は多数いるだろう。まぁ極秘裏に汚いことやってるなんてのはアメリカ以外の国でも大なり小なり同じではあろうが、そこに強烈な資本主義とエンタメの要素が入ると俄然アメリカンな感じがするんですよ。
それは経済的にも文化的にも(もちろん軍事的にも)世界のトップを走っている国なんだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど、特にアメリカってビジネスとエンタメの結びつきが強力だと思うんですよね。ここで言うエンタメというのは“嘘”と言い換えてもいい。それは嘘であり虚像であり幻想なんですよ。いわゆるアメリカンドリームだったりソ連よりも強いアメリカだったり、本作の冒頭にあるようなデキる男が乗ってるクルマ、なんてのも全部嘘っぱちな幻想なんだけど、そこに値付けして商品として売ってしまうのがアメリカなんですよ。ある意味では宗教にさえ値札を付けてしまうのがアメリカという国だと思う。スカーレット・ヨハンソンが演じた主人公はそういうことに関して天才的な才能を持ってる人間なんですよね。
面白いでしょう。白人で金髪で美人でという理想的アメリカンなレディがソ連に負けない最強なアメリカを売るためにアメリカという虚構を作り上げるというお話なんですよ、これは。スカヨハがどうしてもやりたかった役というのも分かりますよ。彼女自身がきっとそういう幻想を一身に背負いながら役者業を続けていただろうから。
もちろん、本作はそこまでガッチガチのアメリカ批判の映画というわけではなく、むしろそういう要素はなんとなくあるかなー、くらいに留めおいている娯楽映画なんですけど深読みすればそういう面もあるよなってなるのがアポロ計画陰謀論というテーマとも重なってちょっと面白かったですね。あくまでエンタメ映画なんだけど、その文脈の中ではあるが「嘘は嘘である」とハッキリ言っていたので、そういう映画は好きですよ。ややネタバレかもしれないが「誰も信じなくても本当に起こったことはあるし、みんなが信じていても嘘は嘘である」という締め方は現代には深く刺さることであろう。基本はコメディなんだけどそういう芯のある映画だとは思いましたね。印象的なシーンで月が雲に隠れているのもそういう暗示を感じて良い。
あとはスカヨハが七変化どころではないくらいコロコロ髪型も衣装も変わるので、それだけでも楽しい映画ではありました。衣装何着あったんだろう。69年が舞台なのでその辺のファッションが好きならかなりグッとくるんじゃないかな。
アメリカという国をすごくマクロな視点で捉えた映画として面白かったですね。いい意味でも悪い意味でもアメリカってこういう国だよな、って思いました。国家が国家である以上逃れられない業があるとして、それに対して神がその神意を示すのだとしたらそれは猫の形をしているのかもしれない。まぁそれはジョークだけど終盤のあの展開は面白かったですよ。
個人的には恋愛パートを削ってもいいからもうちょいベトナムの要素を掘ってほしかったなぁ、と思ったが、そっちを取り上げるとコメディとしては重くなりすぎるのでやらなかったんだろうな。でもそういうバランス感覚もエンタメを優先させるという意味でのアメリカ感がすごいんだよな。
いやー、正直あんまり期待してなかったけど面白かったです。これもうちょいシネコンとかで拡大上映してもいいだろ。
そういやスカーレット・ヨハンソンはMCUの映画でもブラック・ウィドウとしてソ連と戦ってたからやっぱアメリカ的存在なんだな! 本人は望んでなさそうだが!
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