ヨーク

昼は夜より長いのヨークのレビュー・感想・評価

昼は夜より長い(1983年製作の映画)
4.1
ジョージア映画祭3本目。
『奇人たち』と『大いなる緑の谷』がどちらも当たりだったジョージア映画祭2024ですが、いやこれも面白かったなー。今のところ3打数3安打でヒット続きですね。数年前のイオセリアーニ特集からこっち、ずっと追っかけてはいたが改めて今俺の中でジョージア映画が熱い。おかげで全然新作を観る暇がないよ。新作でも色々と気になっている作品はあるのだが…。とまぁそれは俺の個人的な事情なのでどうでもいいとして、本作『昼は夜より長い』だがこれは今回のジョージア映画の特集上映の中ではかなりストレートに面白いというか分かりやすい娯楽作だったなぁという感じで面白かったですね。俺が今まで観たジョージア映画(そんなに数は観ていないが)というのは軽妙だったり重厚だったりというタッチは違ってもソ連との関係がベースにあるものが多く、もちろんその辺は制作年によっても変わってはくるのだろうが巨大な連邦国家の外縁部としてのジョージアという地政学的な部分が大きく出ている作品が多い印象だったんですよ。まぁ本作でもその辺の近代ジョージア史的な部分は下敷きにはあってソ連との関係性も無視はできないのであろうが、個人的にはそういう批評性よりも物語としての面白さが前に出ている作品だと思ったんですよね。
じゃあどんなお話なのかというと、一言で言うと一人の女性の数奇な運命を大河的なスケールで描くというもの。田舎村にエヴァという村一番かどうかは知らないが美しく聡明な娘がいて、彼女は相思相愛の男とめでたく結婚するのだがどうも横恋慕しているっぽい男がいるというところからお話は始まる。エヴァの結婚生活は順調で幸せそのものだったがある日夫が死亡。野生動物に襲われた事故だということになるが傷跡は牙や爪のようなものではない。しかし田舎村に警察が捜査に来ることもなく事件にはならないのであった。失意のエヴァだがそこに例の横恋慕していた男が現れ、その男の境遇に同情したエヴァは彼と再婚することになるのだが…というお話ですね。
これはまぁ序盤でも明らかにそのように示唆されるのでネタバレではないとして書くが、本作は演出として明らかに例の横恋慕男がエヴァの夫を殺したのではないか? と思わせる作りになっているんですよ。でも面白いのはそこに確証が持てるような作りにはなっていないんですよね。横恋慕男は基本的にキモいし嫌な奴だなー、なんでこんな奴と再婚したんだろ、と思わせるような人物造形になっているのだが彼が本当に悪人なのかどうかはよく分からない。むしろ確実なこととしては彼がエヴァを心から必要としていてエヴァなしでは生きていけないというほどに彼女を思っているということなのである。
しかし上記したように横恋慕男は嫌な奴として観客の目には映ってしまうのだが、それというのも愛情の表現が非常に下手くそでエヴァを支配して自分の思い通りの理想の妻とするという形でしか彼女に接することができないんですね。その点は先日観た『大いなる緑の谷』の主人公がそうであったのと同じである。ただ『大いなる緑の谷』の主人公はそんな自分が許されるということを切望していて、それが罪と赦しにおける原罪的な構造を反転せしめる重層的な構図を持っていたのに対して、本作での横恋慕男は自分の罪に対する自覚の描写が薄く(ここはちとネタバレになるから全部書けないのだが…)て、そのために良くも悪くも悪役感が前に出ていると思った。しかしそこは良くも悪くもであり、そのおかげで本作はエンタメ的な意味でエヴァという一人の女性の受難の人生を描いた大河ドラマとしては大変面白くなっていたと思う。
ま、この程度はネタバレにはなるまいと勝手に判断して書くが、エヴァの人生は舞台となった時代(多分20世紀前半から二次大戦後)のジョージアの歩みをなぞったもので、要は横恋慕男というのはソ連そのものなのだと思うのだけれどそこら辺の関係というのが余り生々しくなく寓話性を持って描かれているのである女の一代記的な観方で楽しめてしまうんですよね。その部分については物語の要所要所に出てくる狂言回し的な語り部としてのジプシーみたいな旅芸人一座? の存在がが効いていてある種の普遍性を持ったおとぎ話染みた感じになっているということも強く効いているのだと思いました。本作は作中で子供が親になるくらいの年月が経つのだがそのジプシー的な一座は誰も年を取らずにエヴァたち主要登場人物が生きている世界の枠外から本作を語るんですよね。その構成がすごくいいなぁと思いました。
分かりやすい娯楽映画と書いたが主人公エヴァを中心としたメロドラマ的な部分も強くて誰が観てもそこそこ以上には楽しめるようになってるんじゃないかなと思いますね。ジョージアとソ連がどうのとか知らなくても鏡面を多用した演出の意図とかを考えると、それは作中ではソ連の一部であったジョージア自身を見つめ直すというところまでは至らなくとも、自分自身を顧みることが重要なのだという部分を汲み取れるようにはなっているので刺さる人には刺さる映画であろう。流行的なフェミニズムには色んなレイヤーがあるとしても、女性の自立が云々と言われ出してから長い時間が経ってなお、まだそれが十分とは言えない現状に於いてはそういう方向での観方もできる映画だろうとも思う。
まぁとにかく観応えのある面白い映画でしたよ。中々観る機会の少ない作品だとは思うがオススメです。面白かった。
タイトル回収も渋くて良かったなぁ~。
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