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スリ(掏摸)のHKのレビュー・感想・評価

スリ(掏摸)(1959年製作の映画)
3.9
『抵抗』『田舎司祭の日記』などのロベールブレッソン監督によるフランス映画。キャストはピエール・レマリ、マルタン・ラ・サール、マリカ・グリーンなどなど

一人の貧乏な学生がいた。彼の母親は重い病に臥している。彼はそんな母親から離れ、安アパートで暮らしていた。彼は生まれつき手先が器用で、最初は独学で駅や競馬場などでスリを働いていた。彼は本物のスリに会い、そこで様々なスリの技術を学び、次第にスリに魅了されていく。

ロベールブレッソン監督作品である。この映画はまさにスリを扱う以上、手先の動きと言うブレッソンが最も得意な手足のアクションの動きに注視するようにできている。それでいて、余計な演出は敢えて入れず、かと言ってスパイアクション的に見せることもなく、段々と犯罪の美学に魅せられ落ちていく学生の過程を淡々と描いているのである。

しかし、それと同時に、ブレッソン監督作品には珍しくロマンス溢れる描写もある。隣の家の少女ジャンヌとの交流は、どちらかと言えばラブロマンス的な描写ではある。しかし、終盤の展開なども含めてやはり手に落ち着くのが素晴らしいですね。

この映画の一番の見どころは、淡々と見せるスリの功名なテクニックにある。ハラハラドキドキというようなサスペンス要素はあまりない。手首の流れるような動きから見せられる美しい連動が素晴らしいのですよね。

時には掏摸仲間と一緒に、コンビネーションを発揮させて大胆な犯行に及んだりもします。しかし、そこでもあまり大々的な演出をすることはなく、ただ淡々と静謐に、禁欲的に彼らの犯行を描く所がブレッソン監督の最大の魅力である。

ブレッソン監督のもう一つの特徴として、職業俳優を一切キャスティングしないというのがある。職業俳優にしてもあまり知名度がなく、どちらかと言えば演技的な物ではなくもうちょっと自然な佇まいというものを要求する所が多い。この映画では珍しく、ちゃんとした俳優さんも使ってはいるが、それでもやはり自然な演技となっている。激昂するシーンも決して壇上でやっているような様相は垣間見えない。だからこそ、素晴らしいのかもしれませんね。

先ほど手の動きに焦点を当てることによって映画を描くといいますが、何故このブレッソン監督の描写が素晴らしいと言えるのは、ある意味この異常なまでの手のこだわりによって映像を構成する際の何かを捨てているからでしょうね。

それで一番捨てているのは、やはり犯行シークエンスをよく見ればわかりますが、ミシェルが今どの位置に立ってどのような場所にいるのかというような、登場人物の位置関係、つまる所空間的位置関係の統合性というものをある種放棄しているのですよね。

だから車で協力しながらのスリを働いたときに、後ろ姿になったミシェルのことを分かるのって至難の業だと思うんですよ。ですが、そこがいい。何度見ないとそういうのが分からない分、その素晴らしい技術に酔いしれることが出来ますからね。

銀行での三人のコンビネーションでカバンを列の前から後ろに回していくところなんて、美しいのなんのなんの。この見事な手のアクションの妙技を手をフォーカスして見せることこそ、ブレッソン監督の妙技であると思いますね。

この手や足をメカニカルに映すというスタイルの確立は、本当に一人の映画作家としても素晴らしいとしか言いようがないと思いますよ。

そして最後のスリのシークエンスも緊張感があってたまりませんね。所々主人公は序盤は特に失敗ばかりしていますが、段々と掏摸の魅力に見せられて、犯罪の美学に落ちてしまう過程も、非常に静謐に描いてとても良かったです。

いずれにしても見れて良かったと思います。時間は70分と短めですので、ブレッソン初心者の方はこの作品から見たほうが良いと思いますね。
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