ジェイコブ

パーフェクトブルーのジェイコブのネタバレレビュー・内容・結末

パーフェクトブルー(1998年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

人気アイドルchamのセンター霧越未麻は、人気絶頂の中、事務所社長の方針で女優業に専念するため突如脱退する。かねてから夢だったアイドルに未練を残しながらも、女優として生きていく覚悟を決めた未麻に舞い込んでくる仕事は端役ばかり。現状に焦る未麻に社長の田所が持ってきた仕事は、レイプされる被害者役やヌード撮影など、アイドル時代のイメージを覆す過激なものだった。望まぬ仕事を無理して重ねていく内に、次第に人格が壊れていく未麻。そんな中未麻の周りで、関係者が相次いで殺される事件が起こる……。
「パプリカ」の今敏監督作品。「インセプション」のクリストファー・ノーランも影響を受けた監督の一人として挙げており、本作はそんな監督の出世作としても名高い。
初めはアイドル卒業後に女優に転身した主人公未麻に付きまとうストーカーによるサイコサスペンスかと思いきや、現実と理想のギャップや辞めたあとも延々と纏わりつくアイドル時代のイメージなど、未麻自身が抱える問題によって精神が崩壊していく姿を描いている。今から26年前の作品にも関わらず、アイドルヲタクの解像度の高さや、今と変わらない行き過ぎたファンの狂気など、今敏の描くアニメは相変わらず生々しい。初めは未麻の卒業ライブを邪魔した厄介ヲタクに始まり、未麻がレイプされる役を書いた脚本家、ヌード写真を撮影したカメラマン、さらに未麻に過激な仕事を持ってきた社長の田所と、未麻の周りで連続殺人が起きる。事件の黒幕は、解離性人格障害を起こしていた未麻の親友で自身も元アイドルのマネージャールミによるものだったが、物語を難解にしているのは未麻もまた、人格障害を起こしているからではないかと思われる(未麻の方は恐らく境界性)。アイドル時代の賞賛された自分と打って変わって、元アイドルと笑われ、女優としても軽く扱われる日々。そんな中で過激なファンが作った未麻の部屋と呼ばれる妄想日記を見てしまう。そこに描かれていたのは「アイドル霧越未麻」への未練と自分が抱えていた心の中の不安など、まるで本当に自分が書いたかのような内容ばかりだった。未麻は日記を見る内に本当の自分を見失っていくのだが、そんな折、皮肉なことに未麻が辞めたあとのchamがCDの売上のベスト記録を更新している事も、彼女の心の不安に拍車をかけた。ファンにとってもアイドル未麻は過去の存在となる中、女優としてなりたい自分にもなれない自分は一体誰なのだろう。ドラマ中の台詞「私は誰なの?」がここでリンクする。
未麻の部屋を作ったのルミであり、未麻の部屋が熱狂的ファンの「ME-MANIA」を過激な行動へ走らせたのだが、未麻にしろルミにしろ、全てが変わったきっかけとなったのは未麻が受けたレイプ撮影から。ドラマ中とは言え、レイプされる未麻を目の当たりにし、ルミが流した涙は果たして、彼女の親友ルミとしての涙だったのか、もう一人の人格「アイドル霧越未麻」としてのものか。いずれにしてもあの瞬間からルミの中で何かが崩れた。
アイドル出身の女優といえば、最近だと橋本環奈や前田敦子、西野七瀬が思い浮かぶが、彼女達もまた未麻と同様の悩みを抱えた事があるかもしれない。今敏は若くして亡くなってしまったが、彼が本作で描いた人々の苦悩は、今もなお「リアル」として生き続けている。