アニマル泉

小間使のアニマル泉のレビュー・感想・評価

小間使(1946年製作の映画)
4.0
謎だらけだ!ルビッチらしくない。官能的でない、鋭さがない、キャラクターが不発だ。どうしたルビッチ?本作は20 世紀FOXに移って「天国は待ってくれる」に続く2作目で完成作としては遺作になる。
冒頭のロンドンの場面は面白い。水道管が故障、ジェニファー・ジョーンズが鮮やかに直す、酔っ払ってソファに寝そべる、あたりはルビッチらしい。アンドルー(ピーター・ローフォード)の実家に舞台が映ってからが冴えなくなる。晩年のルビッチ作品としてはロケが多い。ジョーンズの走り姿は官能的だ。「リスとナッツ」のエピソード、シャルル・ボワイエが薬屋のリチャード・ヘイドンの呼び鈴を悪戯に鳴らす、というエピソードをしつこく繰り返すのもルビッチらしい。しかし効いてない、落ちてないのだ。「扉」の律儀な出入りは健在だが「階段」が不在だ。わずかに薬屋の母(ユーナ・オコナー)の部屋が半階段の上にあるくらいだ。ルビッチがあれだけ大好きな階段の不在は不気味だ。流れがよくないのもルビッチらしくない。まさに配管工事が必要だ。ナチス台頭下のチェコからイギリスに亡命してきた教授がかくまわれた貴族家庭のなかで唯一まともだったのが小間使だった、という物語ならばもっと見やすい構成になるはずだ。映画の王様ルビッチならば当然のはずがどうしたのだろう?物語にひねりがなくてそのまんまなのも不可思議だ。いつもならばボワイエは実は偽教授だったりとか、アンドルーとベティ・クリーム(ヘレン・ウォーカー)のエピソードもベティが大混乱になりそうなのにあっさり結婚に同意してしまう。ラストもとってつけたようだ。ジョーンズと薬屋のオチもあんまりだろう。そんな物語の不備でも本来のルビッチならば映画的感性の豊かさで圧倒してしまうはずだ。しかし本作は映画の豊かさ、至福感が乏しいので粗が目立ってしまうのだ。
脇役が活きいきしないのもルビッチらしくない。執事のアーネスト・コサートが面白くない。咳しかしないユーナー・オコナーでは物足りない。リチャード・ヘイドンも堅物はよしとして大らかさがない。「天国は待ってくれる」と比較すると雲泥の差である。ルビッチは差別的な笑いがあっても根底にはヒューマンなあたたかさと反権力が流れている。しかし本作ではあたたかさ、おおらかさがない。十八番の「殴りあい」や「卒倒」もない。カタルシスがないのだ。謎が深まるばかりだ。狼狽えてしまう。本当にルビッチが撮ったのだろうか?
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