アー君

万事快調のアー君のレビュー・感想・評価

万事快調(1972年製作の映画)
4.5
溜まっていた物理的なソフトを視聴消化しないと増える一方なので、電気を消した暗い部屋で手探りでケースからメディアを取り出す時にパキッと割れてしまい予定していた映画がお釈迦になる事件が発生する。急遽、繰り上げでゴダール「万事快調」を観る事となる。とりわけ難解というわけではないが、前回のタルコフスキーとは違う意味で一日おいて再度見直しをしてからのレビューとなる。

制作時の逸話としてオートバイ事故で瀕死の重症を負った後の作品であるが、ゴダール自身の身体の不調もあり共同制作者のジャン=ピエール・ゴランが主導権を握っている感じもあった。(ジガ・ヴェルトフ集団による後期作品)

今まではロケ撮影がメインという印象であったが、本作は会社(工場)の断面図のような巨大なセットを使って、資本主義社会における生産と消費、経営者と労働者の対立構造を視覚的に分かりやすく描いている。それは演劇舞台のようでもあり、美術家ダミアン・ハーストが牛の身体を垂直に切られた内臓のようにグロテスクな断面でもある。また固定した状態での流れるような人物描写の長撮りは彼らしい一筋縄にはいかないカメラワークであった。

映画監督役にイヴ・モンタン、「バーバレラ」のジェーン・フォンダをアメリカ人記者役という国際的なスターを主演にしているが、出番は他の社長役の助演やエキストラとの差はあまりみられず、特別扱いをぜずに社会主義的に平等に配慮をしているようである。

痴話喧嘩における白いガウンを着たスーザン(ジェーン・フォンダ)がソファに座るカットを別視点からの反復カットは、壁に飾られたAndy Warhol(アンディ・ウォーホル)のFlowersによるシルクスクリーンの版ズレをヒントにした演出。そして露骨に映し出された魔羅のモノクロ写真はSex Partsからの引用。

後半のハイライトであるスーパーマーケットのレジに並ぶ消費者達の長回しのシーンであるが、突然の共産党員による思想本のバーゲンセールと極左集団の乱入からの内ゲバや解放宣言後の機動隊からの突入で終焉を迎える事となるが、これはスーパーマーケット自体がアメリカ型資本主義のシンボルであり、その浸透するアメリカ文化に対して冷笑的なアイロニーを込めており、固定カメラで左から右へと流麗な映像を絡めて面白可笑しくも先鋭的なショットである。

「誰もが自らの歴史家であれ」

これはフランスで起きた五月革命の冷めやらぬ影響が残っており、ストライキによる労働争議の問題や経済大国であるアメリカへの劣等感と脅威が描かれている。しかし暴力革命を扇動するような極左的な政治メッセージには相容れないところがあり、古き良き時代の共産社会国家、マルキシズムに憧れと理想を持つのは結構なことではあるが、後に仏共産党に対しては批判的なところもあり、百歩譲ってインテリゲンチャにありがちな若気の至りであろう。

しかしながら一般的な代表作(「勝手にしやがれ」「気狂いピエロ」)に比べて、長回しによるロングショット等の演出は実験性を兼ね備えながら革新的でもある。数ある作品の中では地味で過小評価のようではあるが、個人的には映像芸術においては一、二を争う作品であり、機会があれば見て頂きたい映画である。

[ブルーレイによる購入・視聴]
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