KouheiNakamura

ゾディアックのKouheiNakamuraのレビュー・感想・評価

ゾディアック(2006年製作の映画)
5.0
深淵が見ている。


極私的フィンチャー祭り第2弾。実在した殺人鬼ゾディアックの謎を追う、三人の男。ポール・エイブリー、デイヴ・トースキー、そしてロバート・グレイスミス。立場も性格も違う三人はやがてゾディアックに翻弄され、人生を狂わせていくーー。

完璧主義者のデヴィッド・フィンチャー監督の作品の中でもトップクラスに作り込まれた映画。ただそのベクトルはいわゆる娯楽映画のそれとは大分違う方向にある。実際のゾディアック事件を徹底的に再現し、当時の捜査陣の資料や関係者へのインタビューから製作者たち独自の結論を導き出して映画にしている。スリラー映画としては異様な163分という長尺も、とにかく徹底的に事件を再現するために必要な時間なのだ。フィンチャー的な超絶技巧の撮影も基本的には控えめ(OPの横移動カメラやエスタブリッシュメント・ショットの美しさは特筆すべきものだが)で、全体的には地味な映画なのだが飽きさせない。スリラー映画としての見所は前半のいくつかの犯行場面や中盤の尋問場面、後半の地下室の場面などだが基本的にはドラマ重視の作りになっている。

新聞社に自らの暗号付き犯行声明文を送りつけ、大胆不敵な犯行を繰り返すゾディアック。ゾディアックの謎に魅せられた男たちの執念は、長年の捜査の甲斐あって遂に一つの結論にたどり着く。それは今となっては意味のないものになってしまったのかもしれない。しかし、事件に関わった幾人かの魂はきっと救われたはずなのだ。

深淵を覗き込む時、深淵もまたこちらを見ている。しかし、深淵にもきっと底はある。この映画はそんな暗闇を必死に探り続けた男たちの物語。傑作だと思います。
KouheiNakamura

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