滝和也

人情紙風船の滝和也のレビュー・感想・評価

人情紙風船(1937年製作の映画)
3.9
流れる様な演出と
何とも言えない厭世観
で紡がれる
江戸長屋哀歌(エレジー)

これが戦前の作品とは
思えない…。

「人情紙風船」

僅か30歳にして戦地に散った天才、山中貞雄監督が世に残した最後の作品。長屋ものと呼ばれた江戸情緒を活かした作品の中でも傑作と呼ばれ、数々の邦画ベストに選ばれた戦前の傑作です。

堀切長屋に住む髪結いの新佐と落ちぶれた侍海野又十郎を肝にして、彼らに関わる長屋の住人たち、大家、そしてヤクザ、商人、又十郎が仕官を頼む武士と市井に生きる江戸庶民を描いた作品。

二人のストーリーが絡み合い、何とも言えない可笑しさや、意気地、そして哀れを流れるような演出で淡々と見せていく。江戸の街、人、そして長屋の奥行きのあるオープンセット、そして逆光を活かした画作りとさり気なく、季節感ある江戸情緒の息遣いを感じさせてくれますね。

てっきり、長屋ものと聞いて熊さんはっつぁんの喜劇みたいなものと思い込み、みてしまったのでその厭世観や死生観を活かした哀れな話に驚きがありました。オープニングの水の流れから繋がるラストの掘割の紙風船に人の世の無情を感じない方はいないでしょう…(T_T)

江戸庶民のイキを感じさせる髪結いの新佐役、中村翫右衛門の演技が色気があって素晴らしい。ラストシークエンスの所作の美しさ、台詞は天下一品。落ちぶれた武士役河原崎長十郎もその後のこの手の役の手本になっているかのような感じで真面目ながら、不器用過ぎる味が出てましたね。騒動が起きる長屋の大家も欲張りながら、江戸っ子のイキを感じる辺りが落語にでてきそうなキャラで好きですわ(笑)また出てくる方みなさん巧いし、テンポもあった台詞の掛け合い。調べたら皆さん前進座の俳優らしく、息が合っているのも分かりますね(^^)

この何とも言えない哀れで滑稽なお話が戦前に見事な演出と共に撮られていたことは驚きですね。邦画はクラシックの方が遥かに味がある気がします。また同年代の他国の作品と比べても遜色もない。山中貞雄監督作品は丹下左膳百萬両の壺が有名なので、こちらも見たくなりました(^^)
滝和也

滝和也