ドント

あの夏、いちばん静かな海。のドントのレビュー・感想・評価

4.3
 1991年。いい映画だなぁ……こんないい映画はなかなかないですよ……。ゴミ回収業で生計を立てている「ろうあ」(耳が聞こえず喋れない)の青年がある日、折れたサーフボードを拾う。青年はボードを直して海へと出る。波乗りなどしたことはない。同じく「ろうあ」の恋人と共に砂浜へと出かけていく毎日。波乗り仲間もできて、ほんの少しのトラブルはあるけれど、静かで、平和で、おだやかなひとつの夏が過ぎていく。
 北野武の3作目の映画は暴力的な前2作から一転して、美しく儚い青春/恋愛物語。本当に正反対で、暴力は一切ない。ただし寺島進は出る。しかし共通する要素もある。「変な間」である。北野映画には必ずこの「変な間」がある。なんとも言えない、映画らしからぬ間と言ってもよい。それはギャグであったり笑えない瞬間であったり、 異様な緊張感であったり暴力が噴出した直後の静寂であったりする。この間、どこまで本気なのかわからないのがまた怖い。
 ところがこの映画では、変な間はそのまま恋人たちの心情の豊かさに結びつき、波乗りに打ち込む青年たちの間に流れるゆるく、あたたかい時間になる。なんとも言えない間の抜けた時間の幅の中に、顔に、瞳に、動きに、とてもたくさんのものが宿る。台詞にすれば逃げていくような様々がゆっくりと交わされるのを私たちは観る。
 声のない恋人たちの無言のやりとり、視線や表情のこの豊穣といったらどうだろう。こういうのを堂々と、恥ずかしがることなく撮れる人は今いるだろうか。ただただ素晴らしい。惜しむらくはこの静かな深みを楽しむのには音楽が雄弁すぎて、「ここで感動するんですよ」と示されているみたいで鼻白んでしまった点だ。何だったら全編効果音・自然音オンリーだったら、より心震わせる作品になったと思う。
『その男~』『3-4x~』の暴力性と「男の子」っぽさ、そして本作の海の青さと輝きは、次の作品で結びつき北野映画は熟す。非道なヤクザが沖縄の海で戯れたり不意に殺されたりする恐ろしくも美しい映画、『ソナチネ』である。
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