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シコふんじゃった。のKamiyoのレビュー・感想・評価

シコふんじゃった。(1991年製作の映画)
4.0
1992年 ”シコふんじゃった” 監督.脚本周防正行

周防正行の名を一躍知らしめた1992年の作品。
とある大学の廃部寸前の弱小相撲部員たちの奮闘劇。

若き日の周防正行監督を目の当たりにして、その地味な風貌から
今の周防監督を想像することもできないが、あらためて
この映画を30年ぶりに鑑賞して、この映画が単なるコメディではない
多くの工夫が施されてることに気づく。
その一つに、この映画が明らかに小津安二郎監督の手法を継承していることである。皆さんがこの映画を高く評価した理由に今さらながら気づく。会話のやりとり、特に最初のあたりでの学生 秋平(本木雅弘)が
穴山教授(柄本明)に呼ばれて会話するシーンで”おやっ?”と思う。
人物と人物がセリフごとに入れ替わる。
これまさに小津映画の手法である。
このほか、あらゆるシーンでカメラが低い位置から人物を写したりする
シーンも同様の感覚がある。つまり、この映画は当時としては新しい
コメディの手法を取り入れながら、古き日本映画の手法を織り交ぜて作られた映画だったのだ。

教立大学だが、名前といい、ミッション系といい、立教大学がモデルであることはすぐわかる。立教と言えば、国民栄誉賞まで受賞したミスターが思い浮かぶが、本作にも彼にまつわるエピソードが出て来る。
周防監督自身、立教出身なので、学生間ではそのエピソードも伝説なのかもしれないが、しかしその根底には特待生への揶揄が込められている。

本作の映像一つ一つが1992年の大学生の風土を描写してるのは
誠に興味深いです。景気も良くて、チャラい時代でしたよ。
清水美砂さんの「近頃の男の子は、どうやったら女の子にモテるかしか興味がないのよ!」の セリフがやたらに面白かったです。

万年3部リーグの教立大学の学生、秋平(本木雅弘)が卒論の単位を得るために”一時的に”相撲部に入るシーン。 
マネージャーの川村夏子(清水美沙:綺麗だなあ・・)から
 ”男らしく人肌脱いで上げたら?”
と言われ、渋々廻し(ふんどしじゃないよ!)を締める事に。
夏子は、笑顔を浮かべているが、誰より穴山教授(柄本明)が顧問を勤める相撲部を愛していたのであろう。穴山教授が、且つて学生横綱だったという設定も良い。-

3部リーグ戦出場のため、只一人の正部員大学八年生の青木(竹中直人)を始め、気弱な田中(田口浩正)、春雄(秋平の弟大学のアイドル的存在)、留学生のスマイリー(ロバート・ホフマン) を集めるが
春夫にお熱の愛すべき超おデブちゃん・正子(梅本律子 )

相撲を愛する気持ちは強いが、試合となると神経性の下痢に悩まされる
青木が傑作。竹中直人がはまり役です。

散々の成績に。OB達から宴席で叱責されるが、夏子の啖呵が心に響く。
くやしくて、情け無くて、オイオイ泣いてる竹中の姿を見て、
秋平は立ち上がる。
「勝ってやるよ!勝ちゃーいいんだろ!」
そこから、ドラマが動きだす。

寄せ集めの相撲部だけに、穴山教授も最初から期待してはいない。
彼らが相撲に入れ込む動機はさまざま。秋平はOBに馬鹿にされたのに
腹をたて、春夫は夏子への失恋の痛みを相撲にぶつける。
でも次第に彼らの心が一つになっていくところが胸を打ちます。
はだかのおしりを見せるのは、絶対にイヤだと言い張っていたスマイリー君が、スパッツを破り捨てるところ、怪我をした春夫の仇討ちのために
裸のまわし姿で土俵に上がる正子。
まぐれで初めて試合に勝った青木が、トイレで男泣きするところ。

最後の大勝負、秋平の取り組みの場面に流れる穴山教授の
朗読は冒頭に語る、ジャン・コクトーの「相撲観戦記」
相撲について語った、堀内大学が訳したものだそうですが
しみじみとした感動を呼ぶ印象的な場面となっています。
私利私欲を忘れてただ己の為に闘う秋平たちの姿が美しく目に映った。

穴山教授の「安心しろ俺はここまでこれただけで充分満足しているんだ。あとはお前が満足するかどうかだ」好きなセリフです
楽して生きていかない事を選択したモッくんは清々しいが
留年するのかしら、いいのかな。
それには最後の清水美砂の土俵でのシコが効いていると思う。
伝統など気にせずにこやかに「シコをふんじゃった」と呟く
清水の笑顔が何とも爽やかかつ美しかった。
Kamiyo

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