亡国のロシアン・ラストエンペラー。
1613年にまで遡るロマノフ朝の最後の皇帝となるニコライ2世と皇后のアレクサンドラの間には4人の皇女がいた。1904年に夫婦は皇太子アレクセイを授かる。しかし皇太子は皇后からの遺伝で血友病に罹患しており、出血すると血が凝固しなくなるという。医師団を集めても血は止まらず、怪僧ラスプーチンにすがりつく。その後奇跡的に皇子は一命をとりとめるものの、酒池肉林を繰り広げるラスプーチンへの皇帝夫婦の依存が国を腐敗させていく。民衆が蜂起を始め、ボリシェヴィキが暗躍を加速させていく。映画は皇太子誕生から、日露戦争や第一次世界大戦を経て、ロマノフ朝に代わって国政を握ったレーニンらのソビエト政権によるロマノフ家の処刑までを描くことになる。
☆デヴィッド・リーン系の大作
3時間の大作。画が『アラビアのロレンス』や『ドクトルジバゴ』にやけに似ているなと思ったら、撮影が同じ人。フレディ・ヤングさん。デヴィッド・リーンと組んでアカデミー撮影賞を受賞した3作を撮り終えた後の作品になる。監督は『猿の惑星』のシャフナーさん。豪華なキャスト、セット、衣装、を揃えたかなりの製作費の歴史大作である。プロデューサーもリーン作品とかぶっている模様。デヴィッド・リーン映画のファンのために言っておくと、歴史の激流と翻弄される人々の悲哀を導出するのはリーン一流のもので、金をかけてスタッフを同じにしてみたら、それで達成できるものではない。
また時折挿入される山並等のロケもロシア的自然の景観っぽくないだけでなく、凡庸である。ただし、歴史的出来事や人物の説明は控えめであるので、タルコフスキーの『アンドレイ・ルブリョフ』のようなアートムービーが好きな人でも、その点は違和感がないだろう。しかし、そうであるが故に、この映画はどっちつかずの出来となる。アートムービーを望む人には大して美しくない。デヴィッド・リーン的スペクタクルを望む人には大いなる歴史の力動の噴出が足りない。歴史を知りたい人には経緯がよく分からない。
☆一家の銃殺の経緯
素晴らしいと思ったのは、一家の銃殺に至る1連のシーン。つまり残り3分の1で、ラストに向かういくつかのシーンである。
①闖入者たち
ニコライとその家族、そして付添人たちは、第一次世界大戦の終戦を前に発生したロシア革命で、臨時政府によって宮廷に軟禁される。退位を強制されてかつての宮廷に戻ってくると、労働者というより、せいぜい農民か、汚らしい浮浪者のような連中が、徒党を組んで宮廷内にいる。この時の彼らの表情は悪くない。お互いに誰?という感じの素っ頓狂さがでていた。が、アレクセイ・ゲルマンの『七番目の道づれ』のようにすっかり居座って勝手に生活を始めている厚かましさはないし、ダーレン・アロノフスキーの『マザー!』のように窒息しそうなほど大量で暴力的というわけでもない。こういう部分が本作の映画的な弱さである。
②殺害者たち
ニコライたちは宮中での軟禁後、シベリアに移送される。ロマノフ王朝後の権力の座を争うさまざまな派閥の対立が顕在化してくる。意外と楽しいシベリアでのある日、突然兵に囲まれて、汽車で移送になるという。護送中、これまた突然汽車が停まると、レールの向かいには部隊を乗せた汽車が。この部隊にニコライ一家はどこだか分からない邸宅に連れ去られる。窓はペンキで塗り潰される。他の軍閥が皇帝の身柄を奪取して、その血を濫用することを恐れたのだろう。
誰だか分からない連中から、これまた誰だか分からない連中に引き渡され、自分達の警護なのか、監視なのか、それとも殺害の命を受けているのか、一家にも分からないし、取り囲んでいる連中も、そのやる気のなさから、分かっているようには思えない。そのような状況の中、最後まで?という首を傾げたままの表情で一家は射殺され、壁に血が飛散する。
なお、ソ連の政権を握ったレーニンやスターリンは当初、裁判もせずに皇帝だけでなく、一家全員皆殺しにしたと非難されることを恐れて、皇帝は死んだが家族は安全な場所で生きているなどと偽った。そこらに埋めた射殺した死体を、掘り起こして硫酸で始末するなどという姑息な隠蔽工作まで行った。殺しておいて死体こそが災いのもとだと言わんばかりの蛮行が行われたのだ。今のロシアの前身、旧ソ連の根源を示す隠された犯行である。
映画はこうした経緯をたんたんと映し出す。皇帝一家の血が飛び散ると、オープニングと同じ闇の中に、霧のように怪しい赤が蠢くフォルマリズム的ショット。180分経って初めて美しく思える!ストーリーの内実が与えられた赤のドローイングだ。本作が古典的リアリズムの描写を逸脱してみせる唯一の箇所なのであるが、そうであるならば、壁に飛散した血糊の質感をもっと調整したかった。皇太子の血友病の血と同じ質感にできていれば。。。そもそも、ロマノフの血について語ることができていれば、、、衣装賞ではない賞を取ることもできていたかもしれない。
なお、ロマノフの血は今でも絶えていないようだ。
DVDで視聴。画質は悪くない。2chの音質は実質の迫力がないので、いまいち。