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サイダーハウス・ルールのkoyaのレビュー・感想・評価

サイダーハウス・ルール(1999年製作の映画)
5.0
原作はジョン・アーヴィングで、この映画の脚本も担当しています。
元々、ジョン・アーヴィングの小説が好きですが、映画化されても原作の雰囲気を損なわない映画といえば、ジョン・アーヴィングものが頭に浮かびます。
監督は違っても『ガープの世界』『ホテル・ニューハンプシャー』『サイダー・ハウス・ルール』『ドア・イン・ザ・フロア』どれも好きな映画です。

ただ、ジョン・アーヴィングの小説は、家族というものが描かれますが、暴力、死、レイプ、中絶といったインモラルなものもよく取り扱います。

この映画では、舞台がメイン州ニューイングランドで、地図を見るとアメリカ北東部、もうカナダに接しているあたり、はじっこです。
そして時代は第二次世界大戦中で、アメリカ北東部は、白人居住率が今でも高い地域なんですね。
だから、この孤児院って白人の子供しかいないんです。

望まない妊娠、中絶、出産に立ち会ってきた、孤児院の医師、ラーチ先生(マイケル・ケイン)と孤児院の孤児で養子になることなく成長し、ラーチ先生の元で婦人科医の技を身につけた青年、ホーマー(トビー・マグワイア)
ホーマーは孤児院から出る事なく青年になったので、学校にも行っていない、けれども産婦人科の経験は人知れず積んでいる・・・

そんなホーマーが、孤児院を出て、リンゴ園で働く。
そこで出会う人々や出来事。

タイトルに「ルール」とありますが、このタイトルになった「リンゴ園の規則」・・・ルールは、守るべきものかもしれないけれど、破らざるを得ない時もある、という事のメタファーになっています。
リンゴ園には、pickerといって季節限定で果樹採取専門で働く人たちがいます。
それが、黒人とかイギリス系ではない白人移民たちで、読み書きができない。
pickerたちが寝泊まりする小屋に貼ってある「規則」
でももともと、字が読めないので何が書いてあっても意味がない、ということが、この映画の中で形を変えて様々な場面ででてきます。

ホーマーは白人で、孤児院しか知らないけれど字も読めて、医学の知識経験がある。
ただ、正式に学校に行っていないだけですが、pickerたちと一緒にリンゴを摘む。

ホーマーを演じたトビー・マグワイアが無表情で、透き通ったガラスのような目をして、喜怒哀楽を顔に出しません。
大笑いもしなければ、怒ったり、嫌ったりもしません。
見栄や威張る、虚栄心、自己主張というものがない青年。
透明感があって存在感を実に上手く消すのですね。
淡々と何でも受け入れるので、最初はpickerたちも、白人で字が読めるのにリンゴ摘み?と不思議がるけれど、受け入れられていく。
ホーマーは誰からも嫌われないのです。それはホーマーが誰の事も嫌わないから。

孤児院で養子になれなくて、何もかもあきらめて、受け入れる事しかできないという運命ですが、外の世界に出て知るもの、そしてわかる事。
自分探しの映画かもしれませんが、あくまでも映画は静かで透明感があって、寂しげで哀しげ。

唯一、ホーマーが喜ぶのは映画で、孤児院の中では『キング・コング』の映画一本しかなくて、何度も何度も繰り返し映画を観ている。
外の世界で、映画館で映画を観る時の、嬉しそうで、恭しい表情がとても好きです。

そして、ラーチ先生は夜、寝る前に子供たちに本の読み聞かせをして、最後に必ず言う言葉・・・

Goodnight, you princes of Maine, you kings of New England.

本当に胸に染み入る言葉でした。
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