フラハティ

残菊物語のフラハティのレビュー・感想・評価

残菊物語(1939年製作の映画)
4.8
本心から誰かのためを思うこととは。


超絶大傑作。めちゃくちゃよかった。
たぶんこれが溝口最高傑作。
戦前の溝口最高傑作とも名高い本作。
戦前の溝口作品の中でも全編残っているという、希少な作品でもある。
長回しを駆使し、女性の立場を描いた作品が有名だが、本作も例に漏れず。

本作は才能がないにも関わらず、若い女たちからちやほやされていた菊之介の物語。
親という大きな存在があり、そのせいで誰からも叱責されることはない。
あの男の嫁になれば将来安泰だから、あの男に気に入られればコネができる、そう考える誰もが誉めることしかしない。
菊之介の心のなかでは、自らの実力のなさを感じていた。

いわゆる“二世”的な立ち位置の主人公。
傲慢な立場の人間が多くなりそうなキャラだが、本作の菊之介は自身の未熟さを理解している。
周りの奴らは心にもないことしか言わず、これは結構現代でもありがち。
気に入られりゃ親の存在もあるし、しばらく安泰だからね。
そんな彼にはっきりと真実を告げる女性がいた。


立場の違いにより、結ばれることが難しい二人。
ロミオとジュリエットのようなオーソドックスな脚本ではあるけれど、そのワンシーンの積み重ねのすべてが印象に残る。

本作が好きなのは、菊之介が努力家であり謙虚であり、誠実さもあるところ。
自分の実力不足を痛感していることに正面から向き合う姿勢。
自分の成長を続けるために、苦しい生活にも耐える姿。
サクセスストーリーでもありながら、悲哀な恋愛を描いた作品でもあり、その上美しい情景が作品を彩る。
日本人らしいとも思われる菊之介とお徳の関係も、本作では静かに美しさを放つ。
作品のショットや構図の美しさは本作でかなり印象的になった。
おそらく、前2作品は自身の家族を題材に描いており、メッセージの部分がかなり強かった。
本作はシンプルな筋道である分、映像の美しさが際立つんだよなぁ。
すいかのシーンを観るだけでも価値があるし、そのすごさを感じる。


誰かのためを思い行動すること。
お徳が菊之介を思うように、自身を犠牲にするかのような行動をとったこと。
菊之介が、立場の違いなど気にせず菊之介という人間として評価してくれることに感謝をすること。
その美しさは、本作では画作りという場面にも輝きを放つ。
本作は不幸な女性ではなく、幸福な女性が描かれる。
前作の価値を模索する女性ではなく、自分自身に価値が明らかに存在し、その価値が他者へと広がっていく。
それはなだらかに染々と深く。
フラハティ

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