Kamiyo

女殺油地獄のKamiyoのレビュー・感想・評価

女殺油地獄(1992年製作の映画)
3.5
1992年”女殺油地獄「おんなころしあぶらのじごく」”と読むらしい。
五社監督の遺作
近松門左衛門作の人形浄瑠璃が原作と聞いたので観ようと思った。

男女の愛憎を描く五社英雄監督による異色のサスペンス時代劇。
油屋河内屋の放蕩息子与兵衛に母心とも恋心ともつかない思慕を募らせる豊島屋の女将お吉。与兵衛の恋人小菊への対抗心からやがて嫉妬の炎を燃やし始め、つに与兵衛を誘惑することに成功しますが…。
主役お吉役の樋口可南子が中年女の情念を体当たりで熱演。
女の魔性と男の純情があやなす妖美にして凄惨な愛の世界を描いた
実在の事件が元だったらしいが
明治の時代に歌舞伎でも再演され人気となったという。
和の色彩豊かな着物、花火、昔の化粧と大きな髷とお歯黒。
そうとうクラシックなしつらえで、なかなか見られない日本の美がたっぷりの佳作。

場所は大阪天満が舞台。
舞台は元禄期の大坂。油屋の女房・お吉(樋口可南子)はかつて、同業店の跡取り息子・与兵衛(堤真一)の乳母をしており、成長後は放蕩三昧の暮らしを送る与兵衛を母親のように心配しながら面倒をみていた。だが、与兵衛の若く逞しい肉体を見ているうちに、段々と「男」として意識するようになっていく。

与兵衛は若い魔性の女・小菊(藤谷美和子)に惚れきっていて、その様にお吉は嫉妬する。そして与兵衛は小菊の掌で転がされ続けた挙句、駆け落ちや無理心中の騒動まで起こしてしまう。これ以上、与兵衛を惑わさないでほしい――そう小菊に懇願するお吉を、小菊は嘲笑う。小菊は、若い二人の関係に嫉妬するお吉の心情を既に読みとっていたのだ。
お吉は舟宿に与兵衛を招き、誘惑する。「小菊みたいな女にアンタを好きにされるの嫌や……抱いて」。そう言って着物を脱ぐお吉。最初は「おばはん」と拒みながらも、その手練手管の前に屈して、抱きつく与兵衛。「かんにんしてな……こんなにしてもうて」そんなお吉の言葉とは裏腹に、男と女は激しく絡み合った。

圧巻は、情事を終え、帰宅したお吉の描写だ。お吉は土間で水を飲むのだが、この時、はだけた裾から覗く足先やウナジのラインは実に艶めかしく、彼女が再び「女」に目覚めた様を見事に表現していた。

ふたりの女優ばかりがやたらに目立った作品でした。当時34歳の樋口可南子と29歳の藤谷美和子が実に輝くばかりです。特にラスト近く、樋口演じるお吉が、息子のように可愛がっていた与兵衛(若き堤真一)に身体をまかせるシーンでは、観ている者をゾクゾクさせるほどの美しさです。樋口可南子の一番きれいだった時、と言っても過言ではないでしょう。
今は芸能活動をしていない藤谷美和子も、与兵衛やお吉を翻弄する怖い女、小菊を憎らしいばかりの小悪魔ぶりで演じています。残念ながら、
彼女の女優としての最後の輝きだったのでしょう。

この夫=七左衛門を演じたのが、岸部一徳だった。彼の芝居にフォーカスを当てながら観直してみると、実は目立たぬところで物語の重要なアクセントになっていることが浮かびあがってきた。
あるいは、お吉が与兵衛に抱かれて帰宅した場面でかけてくる、「ご苦労はんやったなあ」というノンビリとした口調。岸部の放つ「変わらぬ日常」感が、性の情念に燃え始めたお吉の「帰るべき世界」を映し出し、彼女の葛藤を浮き彫りにしていた。

圧巻は、与兵衛に刃を向けるも、刺すことができずへたり込む場面。「ボン、諦めとくなはれ」と泣きながら懇願するのだが、ここでの岸部の情けなくも純な姿が、お吉の不義の罪深さ、そしてなおも与兵衛から離れられない業の深さを際立たせていた。本作は、性の沼にはまり込んだ三人の陰に、どこまでも生真面目で純情な「普通の人」七左衛門がいるからこそ悲劇性が盛り上がる。岸部は見事にその役割を果たしていたのだ。

そして悲劇的なラストシーンに続く。

女の情念みたいなものを感じる作品ですが、五社英雄監督
の作品としてはもう一つ男女の絡みがあっさりしすぎていて
観ている方には物足りない気がしました。
Kamiyo

Kamiyo