アニマル泉

アデルの恋の物語のアニマル泉のレビュー・感想・評価

アデルの恋の物語(1975年製作の映画)
4.3
トリュフォーが「野生の少年」の手法で、ヴィクトル・ユーゴーの次女アデルの日記をもとに実話ベースで描いた作品。イザベル・アジャーニが圧巻の素晴らしさだ。
ピンソン中尉(ブルース・ロビンソン)がアデル(イザベル・アジャーニ)の下宿を訪ねる場面、2階で動揺するアデル、痺れを切らしてピンソンが帰ろうとする瞬間、階段上から青いドレスのアデルが降りてくる、息を呑む美しさだ。
本屋にいるピンソンを窓外から覗くアデル、ピンソンが出ると入れ違いに店内に入り、店主のウィスラー(ジョセフ・ブラッチリー)に「今の客はピンソンか?」と訪ね、その背後で窓ごしにピンソンが馬車に乗って去る、アデルも店から出て去る、以上を撮影のアルメンドロスが長回しワンカットで描く実に豊かな場面も忘れ難い。
雪の日、アデルが本屋に手紙の紙を買いに来て、お金が足りないのをウィスラーがツケにしてくれて、店から出るとアデルが倒れる、ウィスラー達が駆け寄って介抱するワンカット長回しも素晴らしい。アルメンドロスは店表を撮らない。店内のカメラポジションで人物をフォローしながら「外と内」を自由自在に追っていく。ルビッチが「桃色の店」で魅せた手法だ。アルメンドロスは狭いサイズで人物をフォローするのが上手い。
アデルがピンソンの逢引きを覗く場面、抱き合う二人と覗くアデルを執拗に切り返す。アデルが木立越しに窓から抱き合う二人を覗く、やがて二人は階段を上がっていく、それを外階段の隙間からアデルが覗く、トリュフォーの好きな階段が溢れて面白い、そして二階の寝室で二人はベッドでもつれあう、それをアデルも納屋の2階に上がって覗く、この時アデルの見た目が突然、木枠ごしになる、生々しい主観ショットになる、無表情の蒼白なアデルの顔に月明かりの木影が落ちる、そしてなんと微かに笑う!美しい、怖しい、本作で白眉のアップだ。
夜のパーティーにアデルが男装して紛れ込む場面もいい。二人が行くのは何と墓場!奇妙なラブシーンだ。ここで二人の激しい芝居場になるが、アデルが懇願して、お別れのキスをする。この直後の場面、ピンソンの写真を貼った祭壇をじっと見つめる蝋燭ごしのアデル、ズームインしてアップになる、初めてアデルが涙を流す。このくだりも静謐ながら実に充実している。
アデルの奇行が始まる。父には結婚したと嘘の手紙を書く。奇術師にピンソンに催眠術をかけてくれと頼む、しかし催眠術のカラクリに気づいたアデルは無言で階段を登っていく、この「階段」のショットはトリュフォーの十八番だ。
アデルは不安定だ。溺れ死んだ姉の苦しみが乗り移り発作で眠れない。降霊術で亡き姉と交流しようとする。
アデルは出自を隠すために名前を偽る。「名前」もトリュフォーの主題である。
全体に暗い場面が多い。本作はアデルが「手紙」を書く映画であり、アデルが手紙を「読む」映画だ。
明かりは蝋燭。横顔のプロフィールショットが多用される。
ラストのカリブ海のバルバトス島のくだりは一転して、燦燦と太陽光が注ぐ白日になる。アルメンドロスの撮影はロングショットが多くなり、素晴らしい縦構図の道のカットが積み重なる。二人のラストシーン、もはやピンソンが判らないアデル、ピンソンが正面に回り込む、アデルは無反応、セリフが一切ないサイレント映画のような厳かな名場面だ。
ピンソンが虚偽の結婚報道で上司に叱責される場面、ピンソンをドアごしの右半分、左半分は壁で潰して、上司はチラチラ歩き回る、端構図の長いフィックス画面はトリュフォーにはレアだ。
シーンがわりの「扉」のカットはトリュフォーらしい。ルビッチの「扉」へのオマージュだろう。トリュフォーは港でアデルがピンソンと見間違う英国帰還兵の役でカメオ出演している。
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