滝和也

天河伝説殺人事件の滝和也のレビュー・感想・評価

天河伝説殺人事件(1991年製作の映画)
3.0
犬神家の一族から
15年…天河に
名探偵浅見光彦登場。

角川春樹製作、
市川崑監督の金田一
コンビ再び。
能の幽玄なる世界を
舞台に事件は起こる…

「天河伝説殺人事件」

内田康夫原作の名探偵浅見光彦シリーズの初映画化。新宿の高層ビル街で能衣装の営業の男が毒殺された。その男が持っていた五十鈴は奈良天河神社の供物だった。その頃ライターを務める浅見光彦は能楽の記事を書くため、天河村へ向かう。だがその村で出くわした能楽師が崖から転落死した事から容疑者に間違われ、事件解明に奔走する…。

嘗て隆盛を誇った金田一耕助シリーズの夢よ再びとばかりに角川春樹が仕掛けた新たなる名探偵のミステリーで有る事は間違いない。

監督は同じく市川崑。浅見光彦の兄役には金田一耕助役だった石坂浩二。またシリーズの名物刑事だった加藤武も再登板。そして…大女優岸恵子、岸田今日子の出演。また大滝秀治も出ていて若き浅見光彦役榎木孝明を支える布陣となっている。

だが…浅見光彦は金田一耕助ではないし、内田康夫は横溝正史ではない。

内田康夫のこのシリーズは旅情ミステリーとして、旅行関連のライターであり、警察庁のトップを兄に持つ素人探偵浅見光彦が毎回ヒロインを迎え、日本各地で活躍する筋立て。

確かに各所で伝説や風習は出てくるものの…そこに因習や呪い的な大仰さはなく、猟奇性に富む様な禍々しさもないため、明らかに金田一に比べ、インパクト不足なのだ。また現代を舞台にしており、戦後直ぐを舞台にした金田一の様に地方の閉鎖性も無く、禍々しい個性が出しにくい。

そもそも…金田一シリーズに似せた事が失敗なのかと思う。市川崑の演出は金田一そのものだし、配役まで似ていれば、どうしてもファンはそれを期待してしまうし、重ねて比べてしまう。だが、あの世界は横溝正史だけのものなのだ。

天河伝説殺人事件はまだその世界観に近い作品であるのはわかる。能楽師、宗家の跡目争いとなれば古い世界だし、因習に囚われた世界に近い。だが…ミステリーとしての重曹的な構造や大時代的な大仰さにおいて横溝正史に叶うはずもない。

内田康夫の原作が悪いと言っている訳ではない。事実僕はこのシリーズ、かなりの数を読んでいる。旅情ミステリーとしては充分楽しめる。だが…映画としてはそのギミックのインパクトに欠けるのだ。

金田一耕助のボサボサ頭で書生風の姿と言うキャラ付も浅見光彦には無い。坊ちゃん育ちのキャラくらいか。また兄が警察庁トップと言う点も余り意味を成していない。

ミステリーとしての筋立ても弱い。フーダニットとしての力が弱いのだ。金田一風にしてしまった性で開幕10分で犯人が透けてくるのは…笑い話としても、わかりやすすぎる。横溝正史の様なおどろおどろしい背景が無い故だが。

故に見事にシリーズ化に失敗。ラストに出てくる字幕が余りにも虚しい結果となった。ただ…旅情ミステリーとしての存在はTVの2時間ドラマとしてはぴったりだった故に大量の浅見光彦シリーズが各TV局で放映され、今に至る。この作品はある意味徒花になった形だ。

中々ミステリー作品は難しい。先駆者たちが偉大であれば尚だろう。ただガリレオの様に新しい切り口から上手く行ったものもあり、まだまだ創作され続けるジャンルであり、期待したい。




  
滝和也

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