なべ

007 スカイフォールのなべのレビュー・感想・評価

007 スカイフォール(2012年製作の映画)
4.6
変な映画。

以下、軽くネタバレ。
カジノロワイヤル、慰めの報酬と、散々敵の正体を探ってきたのに、まったく関係のない悪が現れる唐突な路線変更。しかも過去2作では、00ナンバーとしてはかけだしのボンドが成長する様を描いていたのに、いつのまにかベテランになってる。それどころかピークを過ぎたロートル扱いをされているではないか。そして冒頭でのまさかの作戦失敗。
Mの容赦ない判断によりボンドは墜ちる。これまでも武器や身分の剥奪、孤立無援といった状況は幾度となくあったが、作戦優先のため味方に撃たれるなんて状況は初めて。しかもその指示はイヤフォンで筒抜けという残酷かつ屈辱的なもの。かくしてNATO諜報員のリストは敵の手に。
だけどそもそもそんなリストがトルコくんだりでパソコンに収められてるのもおかしな話なんだよね(ミッションインポッシブルではラングレーの本部のスタンドアローンのコンピュータの中だった)。

観客はボンドの生存を信じて疑わないが、状況が状況なのと、肝心のボンドから連絡がないので死亡が発表され、Mは責任を問われる。
この企ての背後にいるのは元MI6のシルヴァという不気味な男。彼もまたボンドと同様、Mによって切り捨てられた壮絶な過去を持つ。そう、今回の話はMに裏切られた男たちの話。裏切りの果てに行き着く先が信頼なのか憎悪なのか…何とも象徴的な話じゃないか。
しかし、悪役の不快さを表現するのにホモセクシャルな描写を加えるっていう英国の悪しき文化は何とかならんかね。
シルヴァ目線では、棄てられた男の私怨の物語なのだが、私怨の割には彼のやり方はまどろっこしい。終盤Mと心中を図ろうとするのを見て、「はあ?だったら最初からMの自邸に忍び込んでサクッとやれよ!」と思ったのはぼくだけじゃあるまい。てか、こいつただのマザコンじゃんね。マザーって叫んじゃってるし。いや、敵の拷問によって精神に異常をきたしたキチガイなのかもしれないが。

さて、ボンドはというと、銃創は癒えても心の傷が癒えない感じ。でも、隠遁先でMI6爆破のニュースを見るや、これは国家の一大事!とばかりに、シャワーも浴びずにロンドンに舞い戻っちゃう。案の定Mにくさいとモンク言われるけどねw
拗ねてはいても、Mが困っていたら、いても立ってもいられないくらい相手を想ってるのな。MはMで落第点のボンドを独断で復帰させてるし。なんだかんだいってお互い底の方では信頼し合ってる。人として。

シルヴァの偏執狂的な攻撃はもう何がなんだかで、ダークナイトのジョーカーよろしくわざと捕まっておいて、愛しのMに恨み辛みを一席ぶったあと、華麗に脱出って、頭がいいんだか悪いんだか。あ、キチガイなのか。
シルヴァの狙いがMだとわかったボンドは閃く。「そうだ、ぼくの生家に奴をおびき出そう!」と。なんでやねん!どういう思考?ボンド、お前もMに棄てられて頭おかしくなったんか?
かくしてシルヴァ率いる愚連隊を故郷スコットランドの生家スカイフォール邸で迎え討つボンドとM。

ね、変な話でしょ。あちこちで辻褄が合わないし、前2作の洗練されたキレッキレなアクションは鳴りをひそめ、なんだか西部劇のような無骨なアクションがドタバタと繰り広げられる。まるでわらの犬の籠城バイオレンスみたいに。

と、あたかも貶してるような書きようだけど、ぼくはスカイフォールはシリーズ随一の名作だと思っている。
粗のあるストーリーながら、雄々しく、荘厳で、孤高の雰囲気に満ちており、007でありながら007でないような、シリーズの枠を越えて、もっと深く、さらに高みを目指しているように感じられるからだ。バットマンにおけるダークナイトのように。実際、かなり意識してるよね。

リブート007は作品ごとにテーマを定めている。例えばカジノロワイヤルでは愛と裏切りが、慰めの報酬では再生がテーマとなっていた。では、スカイフォールのテーマは何か。これはもう復活に他ならない。劇中ボンド自身が「ぼくの趣味は復活だ!」と言ってるくらい。

ボンドの故郷スコットランドで迎えるクライマックス。アストンマーチン(あのDB5だ!)から降りて見るこのハイランドの荒寥とした風景はどうだ。広大な荒地と鬱々たる灰色の空は、いつものゴージャスな007とは違う世界。神話めいた教訓をもはらんでいそう。
アメリカン・ビューティでもそうだったが、サム・メンデスの隠喩やアナロジーは、とても皮肉がかっていて印象的。そんな象徴主義的な視線で描かれる復活の話がおもしろくないわけがない。
スカイフォール邸の攻防はまさにボンド復活のための儀式のよう。そう思えば魔笛の試練の神殿のようにも見える。魔笛のタミーノは沈黙の儀式のあと、水と火の試練に耐え、死の恐怖を克服して、人間の神化を達成するが、これってボンドの戦いに似てない? スカイフォール邸は炎に包まれ、氷の張った湖に沈み、そこから生還してシルヴァに正義の鉄槌を下すとかさ。メンデスってフリーメイソンなのか?
他にも暗いトンネルを通って教会に至るってのもなんだか象徴的だよね。産道を通って転生するかのようで。こういうメタファーやアナロジーが、ボンドの復活を神々しく見せているんだな。ついでに大英帝国の復活も予感させちゃってさ。この神秘性こそがスカイフォールの真骨頂なのだ。
「わたしはひとつ正しいことをした」なんてMの言葉が、復活劇の締めくくりだなんて、これが泣かずにいられようか。あんた、いい女だったよ。

最後に、男性のM、秘書のマネーペニー(コートハンガーまでご丁寧に用意してるのが泣ける!)、そしてQと、オリジナルへの復活を果たし、次作に続く。
満を持して宿敵スペクターの登場だ!
なべ

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