なべ

Saltburnのなべのレビュー・感想・評価

Saltburn(2023年製作の映画)
4.3
 うわあああ、この映画嫌い! もうね、人の神経を逆撫でするようなエグい話だから。
 最初は上流階級の美青年に惚れてしまったワーキングクラスの冴えない男の切ないブロマンスかと思った。みんなそう思ったよね、ね?
 はじまりはこう。奨学金を得てオックスフォードのカレッジにやってきたオリバー。奨学金もらえるってことは、東大を首席で卒業できるくらいめっちゃ頭いいってこと。ほとんど富裕層しかいない上流階級養成キャンパスにあって、頭いいだけのオリバーなんかに居場所はなく、当然のごとくハブられる。てか相手にされない。
 ひょんなことから超アッパーな美青年・フィリックスと出会ったオリバーは、サマーホリデーをフィリックスの領地・ソルトバーンで過ごすことになる。
 フィリックスの家がもうお屋敷とか豪邸なんてもんじゃなくて、宮殿! もちろん外観だけでなく、家具や調度、美術工芸品にに至るまで本物の歴史と伝統に彩られた貴族仕様。どれくらい豪華かというと、庭に生垣の迷路があるくらい。ハンプトンコート宮殿か!シャイニングの展望ホテルか!
 執事や召使いがうじゃうじゃいるような宮殿で、オリバーはフィリックスの隣部屋をあてがわれる。ちょうどバスルームを隔てたかんじになっていて、つまり浴室を共有してるわけ。ね、いいシチュエーションでしょ。勘のいい人なら、ははーん、このお風呂で何かえっちなことが起きるなと見当がつくよね。起きます。えっちというか…まあ観て。

 ここから少しネタバレが含まれるから、イヤな気分を予備知識なしに存分に味わいたいって人はこのあたりで離脱して。

 そんでオリーは上流階級の暮らしに圧倒されるんだけど、ほら、彼頭いいから、だんだん周囲に気に入られるよう態度を変化させていくの。取り入るんじゃなくて、一目置かせる感じで。この辺の籠絡ぶりがなかなか策士なのよ。
 ソルトバーンにはフィリックスの従兄弟のファーレイも滞在してて、こいつがオリバーのことを目の敵にしてる。フィリックスの小判鮫はおれ以外認めねえ!とばかりに、オリーに軽蔑と悪意を向けてくるんだけど…。
 他にも不幸自慢の女性ゲストとか、フィリックスの摂食障害の妹ヴェネシアとか、ひと癖もふた癖もある連中が出てくるんだけど、次々と攻略して、ソルトバーンに自分の居場所をつくっていく。てか自分のテリトリーを拡げていくカンジ。
 最初はフィリックスへの憧れと恋心の胸キュンストーリーと思っていたのだが、話が進むにつれ、本来交わることのなかったヒエラルキーの越境への執着というか愛憎というか、グロテスクな欲望が見えてくる。うわあああ、切なくねえ〜。ここまでよくも欺いてきたな。監督のミスリードっぷりに引いたわ。ドン引きだよ。あ、でも、動機と目的と手段が微妙にズレてて、単純な階級闘争みたいな話にはしてないのよ。その按配がまた絶妙で、こっちの思い込みを修正しようとしてめまいを起こしそうになる。
 ただ、フィリックスへの愛(いびつだけど)に嘘はないんだな。ミスリードしてても、そこは芯を食ってるからブレてないのよ。ここがエメラルド・フェネルの巧みなところ。

 ときに嘘をつき、同情を誘い、ハッタリをかまし、さらにはセクシャリティをも武器にしながら当該人物を次々に落としていく手口の鮮やかでいやらしいこと。
 オリーがかわいそうと同情してた自分がバカに思える。いやいや、彼のヤバさ加減に妙な興奮さえ覚えてしまってるんだから!
 太陽がいっぱいのアラン・ドロンも悪役ながら応援しちゃうんだけど、あれとはまた違う感覚。そう、シリアルキラーのWikipediaを夢中で読み耽ってしまうあの感じ。なんせ、アラン・ドロンみたいな超美形じゃなくてバリー・コーガンだから。
 ん、ルッキズムにまみれた物言いだって? そうよ、そうだよ、こちらの偏見まで巧みに操る周到なキャスティングなんだわ。バリー・コーガンの顔を思い浮かべてごらんよ。ブサイクとも醜悪ともまた違う、二度見三度見してしまう邪さがにおうでしょ。言いようのない不快で忌まわしい魅力があるでしょ! これはそんな映画。
 ラストでフリチンで屋敷の中を舞うオリーにあなたは何を感じるだろう(ボカシの入った股間のなんと興醒めなこと。バリー・コーガンの睾丸を見せないでどうする!)。
 いろいろあってたどり着いたゴールがここなのかー。オリーは何を失って何を手に入れたのかを整理しようとして脳が捩れそうになる。
 本作を配信で観るのは実にもったいない。これは劇場で観るべき映画でしょ(気の利いた映画館で公開してくれないかな)。エメラルド・フェネル、恐るべし!
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