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必死剣 鳥刺しのnoteのネタバレレビュー・内容・結末

必死剣 鳥刺し(2010年製作の映画)
3.6

このレビューはネタバレを含みます

時は江戸。東北は海坂藩の物頭・兼見三左エ門は、藩主・右京太夫の愛妾・連子を城中で刺し殺した。 最愛の妻・睦江を病で喪った兼見にとって、失政の元凶である連子刺殺は死に場所を求めた武士の意地でもあった。 が、意外にも寛大な処分が下され、一年の閉門後、再び藩主の傍らに仕えることになる…。

藤沢周平の短編時代小説シリーズ「隠し剣」の一編「必死剣 鳥刺し」が原作。
主君の側室を殺すという大罪を犯したのに、なぜか生かされる孤独な侍。
彼の身に降り掛かる悲劇の顛末を描いた時代劇の佳作である。
まさにタイトル通りの秘剣の全貌が明かされた時、その意外性に驚きと悲しみの両方が押し寄せる。

あまりに軽いお咎めに腑に落ちない想いを抱きつつも、身の周りの世話をする亡き妻の姪・里尾の献身によって、一度命を棄てたはずの男は再び生きる力を取り戻してゆく。
豊川悦司の眉間に深く刻まれた皺が、ストイックさと内面の葛藤の深さを物語る。

そんなある日、中老・津田民部からある藩命が下る。
それは剣の達人である兼見に、殿に敵対する剣豪・帯屋隼人正を討てというものだったが…。
そして帯屋との決着の日。
屋敷内で斬り合いの末に、辛くも帯屋を斬り倒す兼見だったが、直後に現れた津田とその配下の武士たちに取り囲まれる。

兼見が生かされたのは津田の策略だった。
殿は兼見を許してはおらず、亡き者にしたがっていたが、津田は腕の立つ兼見を帯屋が謀反を起こした時のために「捨て駒」として使おうとしていたのだ。

剣術の達人である2人を斬り合わせて片方を排除し、生き残った一人が消耗したところを謀反人として始末する、邪魔者を一掃する企み。
何を考えているか分からない津田役の岸辺一徳のキャラクターが光る。

帯屋を斬り、乱心者とされた兼見は元々仲間である武士たちを傷つけることに躊躇した結果、重傷を負い、追い詰められる。
やむなく武士の何人かを切り捨てる兼見だが、激しい斬りあいの中で津田の策略を察した兼見は彼の抹殺を決意し、満身創痍で津田に迫る。

一人の武士が兼見に刀を突きたて、その一撃で彼はついに力尽きたと思われたが、床に突っ伏している兼見に近づいた津田に兼見は秘剣を使い、彼を打ち取る。

「鳥刺し」…、その秘剣が抜かれる時、遣い手は半ば死んでいる。
死んだと思わせておいて相手を充分に引き付け、心の臓を目掛けて渾身のひと突き!
それは、まさに必死必勝の剣。
「死んだふり」と言うことなかれ、自分の生命を犠牲にして放つことが出来る、一生に一度の剣である。
その剣を披露した時は、自分が死を迎える時なのだ。
秘剣が放たれた直後、殺到した武士たちに四方から剣を突き立てられ、兼見はついに絶命する…。

生かされたのは、殿の理解を得たから…ではなく、利用されるため。
散り際を奪われ、主君のためにと力を尽くした上に騙され、誰にも別れを言えず、たった一人で死んでゆく者の哀しさ…。
主人公の心情だけを追うと、号泣必死の話である。

壮絶なラストに至るまで、役者は衣服の着こなしから礼法の所作など、美しい作法が行き届いている。
日本の古き良き礼儀、正しい風習を映画に残そうとしているのが好感が持てる。

残念なのは、その悲劇に至る原因を明かしてはいないこと。
冒頭でいきなり連子を切り伏せ、物語は「何故兼見は連子を切ったのか」と、ミステリー仕立てでスタートする。
当然、見る者の興味はそこに向く。
中盤、連子に仕えていた出家した女性が「何故、連子さまを殺められたのですか?」と尋ねる。
やはり連子の傍若無人ぶりを描くべきだっただろう。
兼見がお家を思うがあまり行った正義の核心を明らかにしないのは、散り際を奪われた悲しみに説得力に欠ける。
また、悲劇を強調したかったのだろうが、兼見と里尾の恋愛は不要。
剣の達人であるストイックな侍が、身内の優しさに甘えるのは、どうも現代的だ。

だが、最初の側室暗殺からラスト間近まで、観客は「鳥刺し」とはどんな剣術か?を気にする仕掛けが随所に盛り込まれている。
「鳥刺し」の正体はもう一つのミステリーだ。
しかし、ラストに至るまでに見る者は「鳥刺し」のことなど忘れてしまう。
雨があたり、着物が泥に塗れ、髪がほどける。服が切り刻まれ、血が滴る。
失血に体の自由が利かなくなり、兼見に死が迫る姿を目の当たりにして「鳥刺し」のことを忘れてしまう。

そのため、最後の最後に放たれる「鳥刺し」は衝撃的な絵づくりに成功している。
この場面を作るために、それまでの演出があると言ってもいい。
「俺たちに明日はない」や「スカーフェイス」に見られる無数の銃弾に撃たれるような無情の中、自身の死と引き換えに、敵を葬るカタルシス。
胸に去来する虚しさと悲しみと同時に、湧き起こる拍手喝采。
このシチュエーションは時代劇にしか出せないだろう。
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