あなぐらむ

ボーン・アルティメイタムのあなぐらむのレビュー・感想・評価

ボーン・アルティメイタム(2007年製作の映画)
4.4
「ボーン・アルティメイタム」は追跡の映画だ。
ロシア(!)から始まり、ロンドン、マドリッド、モロッコそしてニューヨークと、ほぼ全編が「追う」「追われる」のみで展開される。
前作「スプレマシー」から続いて登板の監督ポール・グリーングラスは常に手持ちカメラで対象の側に寄り添い、目まぐるしくカットを繋ぎ合わせて、この追跡劇に観客が同行しているかのような緊迫感、臨場感を味わわせてくれる。
前半の、ロンドンで記事を書いた記者とCIAを欺いて接触しようとするシーンの息詰まるサスペンス。
中盤のモロッコ・タンジールでの「警察に追われながら殺し屋を追う」変化に富んだ縦横に移動するアクション。

そしてクライマックスのニューヨーク市街での激しいカーチェイス。
緩急の「急」の部分を連打する事で「緩」の部分が余計に活きてくる見事なテンポの支配。
中盤のタンジールは特に秀逸で、長い長い移動が終った後のCIAの殺し屋との建物内の文字通りの「死闘」、そして協力者ニッキー・パーソンズ(ジュリア・スタイルズ)とのつかの間の交流。
静と動のバランス配分が見事で、見るものはぐいぐいと作品の世界に呑み込まれてしまう。

CIA内部から彼を独自の視点で追うパメラ(ジョアン・アレン)と上層部との対立を並行して描くことで、基本的には一本道であるストーリーに幅を持たせている点も巧みだ。
ボーンの真意を知ろうと彼の足取りを追うパメラ、自らの「アイデンティティー」を追い続けるボーン。
これは物理的な追跡のドラマであると同時に、それぞれの内面への「追跡」劇でもあるのだ。

マット・デイモンもこの時36歳らしいが、アクションのキレは見事。スタントの多くも自らこなしているそうで大変だっただろうが、やはり「実際にやっている」事の凄みを痛感させる仕上がりになっている。
ボーンの理解者となるパメラ役のジョアン・アレンは理知的かつ正義感を持つ大人の女性を今回も好演(この辺りはすっかり本家007がかっさらった感がある)、CIA内で対立するノア・ヴォーゼン役のデヴィッド・ストラザーンとともに作品に知性と風格を与えている。
CIA長官役にスコット・グレンが登場しているのも嬉しい。出番こそ少ないが迫力はさすが。
ヒロインのジュリア・スタイルズは所謂ハリウッド・ビューティではないがそこがまたこの、欧州アクション(007風映画としての)作品に味を与えている。

第1作のどこかもっさりとしたB級映画風の印象を、見事にA級作品の格に押し上げた監督ポール・グリーングラスの手腕は本当に見事。
ジャーナリスト出身という事でドキュメントタッチの演出スタイルが性に合わないと観ていてつらい監督ではあるが、感情表現、状況の描き方、アクション描写と力量はかなりのもの。
「ユナイテッド93」の社会派的な視線は本作でもCIA=アメリカの暗部への目線に生きている。

本作は一応のシリーズクロージング(後に「ジェイソン・ボーン」が作られるまでは時間が開いた)という事もあって、そこかしこに第1作と符号するようなシーンが置かれている。
逃亡するニッキーが髪を染め短くするところをボーンが見ているシーンや、1作目と同様クライマックスでボーンが敵の刺客(自らと同じトレッド・ストーン計画の犠牲者だ)と対峙するシーン。
それらがただの繰り返しとはならず、ちゃんと新しい意味を付与されているところが素晴しい。
そしてエンディングが見事に1作目の冒頭と韻を踏むかように作られているあたりも心憎い構成だ。
テーマ曲のMOBYの歌も、シリーズを通して観てきたファンには嬉しいだろう。現代アクションシリーズとしてのひとつのパッケージを打ち立てた作品だと思う。