レオピン

栄光への脱出のレオピンのレビュー・感想・評価

栄光への脱出(1960年製作の映画)
3.8
3200年前にユダヤ人はこの谷に来た 昨日じゃない

イスラエル建国前夜を描いた歴史スペクタル。
年末時代劇みたいな大河のノリで暢気に構えて観ていたら油断したー
最後のあの胸騒ぎ いきなり崖から叩き落された。村の名の由来のあの少女像。映画はシンボルの取り合い。光の子と呼ばれていたカレンこそがこの作品の主人公だったんだ。

長尺だが大体3つのパートに分かれており、切れ目もはっきりしているので分けて観てもいい。序盤はエクソダス号の話、中盤は激化する反英闘争、牢から囚人を脱獄させる。そしていよいよ国連に建国が認められアラブと対決必至となる終盤。

エクソダス号のパートは、船の進退について乗員の決を採る場面やどこにも寄港できずにやっかいもの扱いを受けて漂流したりと、初代ガンダムのテレビ脚本とかなり類似性が見られる。

いつも紅茶と菓子に囲まれた将軍がいる明るい空間と収容所の暗い密集空間との対比。つねにみすぼらしいユダヤ人。中佐やキティすら差別的な視線を隠さない。船から降りてたどりつく村では原始共産制を彷彿させるキブツが待っていた。ここでようやく人間になれる。彼らはこの安寧を取り逃がしたりはしないだろう。何があっても。

アクションは意外に少なく中盤の獄舎を襲う場面が白眉。入り組んだ街をとても上手に撮影している。囚人たちは爆弾作りに慣れているのか仕入れた物資から簡単にお手製爆弾を作り始める。

キティとのロマンス、カレンと父との再会、アリが命をつなぐシーンなどヒューマンなドラマもあれば、イルグンの入団シーンではえも言われぬ迫力に全身総毛立つ。長い作品だけに色々な流れを上手にコントロールしていた。

ニューマン演じるハガナーの指導者アリには逡巡がない。事態が起こると13歳以下の子どもは何人だ?と尋ねていた。船でも村でも。それは避難させるという目的もあるが、真の意図は彼らを生き延びさせて自分たちの後を継がせるという温存戦略だ。

臨戦態勢のアラブの村の近くを通って別の村へ移そうと幼児たちを注射で眠らせ、口にテープを貼りおぶって逃げる。まるで地球滅亡後に残った人類が異星で種の保存をかけて行動しているかのよう。このレベルで戦った民族というのは歴史上ちょっと知らない。

2000年のディアスポラにあってメシアを待ち続けることしかできなかった者たちが、今再び自分たちの国を持てるかもしれない。皆覚悟はできている。

ラスト、アリのスピーチから慌ただしく墓地を後にするトラックの隊列。来たる戦いへの備えで幕。もう唸るしかない。だが同時に怖い。
演説の台詞 いつかはアラブ人とユダヤ人に死者同様の平和な日々を訪れさせると、
だけど今じゃない 戦争が終わった後でだという言葉が言外に聞こえてきた。

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以下 しらべ学習的な
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劇中にハガナー イルグン パルマッハという名称が頻繁に出てくるがこれらは建国前の地下軍事組織。イルグンやパルマッハはハガナー傘下、更に強硬なレヒも。国軍設立とともに発展的解消。後に首相となる人物政治家にもハガナー出身者は多い。映画でも過激なイルグンとの路線対立が垣間見えるが最終的にはまず英国人を叩き出すことで合意、武力闘争に踏み切る。何せアリと叔父がそれぞれの指導者なのだから。

シオニズム運動は19世紀末、ジャーナリストとして活動していたヘルツルがドレフュス事件に衝撃を受けたことがきっかけ。初めは必ずしもユダヤ人国家建設を目指したわけではないが、第一次世界大戦、委任統治時代を経て運動の性格も変化した。そしてホロコーストの惨禍をくぐり抜けようやく国際的な注目が高まっていた。

激化するアラブ人との衝突を受けイギリスは1922年から4半世紀続いた委任統治を放棄し国連に委ねる。 
1947年11月運命の日。国連パレスチナ特別委員会で分割案がかけられる。
賛成33 反対13 棄権10
1948年5月14日 新生イスラエル誕生

国連での投票を受けて、アリの父(リー・J・コッブ)が熱狂の群衆にアナウンスする。流れるイスラエルの歌ハティクヴァ。ベングリオンやゴルダ・メイアらしき人物が隣りに並んでいた。ここでフィナーレでも十分だったが映画は最後まで犠牲者としての語りをゆるめなかった。。

だがその建国前の4月にイルグンとレヒはデイル・ヤシーンの虐殺を引き起こしている。これは偶発的な事件ではなく、殺りくやレイプを逆宣伝し恐怖に駆られたアラブ人を一気に追い出そうという「ダレット計画」の一環だった。誕生前からこれだ。『仁義なき戦い』ふうに言うなら「おどれの手はもう汚れとるんじゃ」。映画のラストがこれにつながるのかと思うとまったくやりきれない。

映画が封切した60年はまだPLO設立前、ちょうど六日間戦争の前の小康状態。自らの正当性を全世界に訴えたい。建国神話を作りたい。これがパレスチナの民を追い出したことの理由なのか。ハリウッド映画以上の感情移入はできないが、いやでもかっこいいよな。。

ここまでくるのに既に相当に紆余曲折があった。だがそれも終わらない戦いのほんの序の口だった。建国の翌日にアラブ5か国(シリア・レバノン・ヨルダン・エジプト・イラク)から同時に攻撃される。(第一次中東戦争) オギャアと産声を上げた途端周囲の狼が襲いかかる。だが負けたのは狼だった。教科書読んだだけでは理解できないが、当然だ。士気が違いすぎる。戦いは常に準備が出来ていた方が勝つ。

泥沼化した中東問題の大きな責任はイギリスにあるといわれる。
WW1後のオスマン帝国の領土をどうするかを仏露と決めたサイクス・ピコ条約
オスマン打倒のため現地アラブに独立の言質を与えたフセイン・マクマホン協定
スエズ運河利権を保守するため親英的なパレスチナ国家樹立を企図するバルフォア宣言

それぞれ相矛盾する協約を取り交わしていた。その場限りの言い訳を口にする浮気男と変わらない。口約束以下、英国のダメさが際立つ。結果国連へ丸投げして撤退しその後もスエズ動乱(第二次中東戦争)では米国から、お前もういらんことすなとドヤされる。中東の親分はとっくに英仏から米ソに変わっていた。

ユダヤ人人口は建国時65万。この映画の60年の時点で190万。現在の総人口920万人。
67年6月、六日間戦争(第三次中東戦争)で圧勝。国土は4倍、ヨルダン西岸・ガザ地区・エルサレム旧市街占領
73年10月、ヨム・キプール戦争(第四次中東戦争)でエジプトの反撃に合うがアメリカの仲介でキャンプ・デービッド合意。シナイ半島を返還。その裏で核保有の疑惑の目が向けられる。
82年PLO壊滅を狙いレバノン侵攻、またもここで虐殺を引き起こす。『戦場でワルツを』
力を持ち過ぎたイスラエルに世界は非難をあげはじめ、イスラエルはヒールとしてのイメージを強める。そしてインティファーダが始まる。

47年の国連の分割案をアラブ側が受け入れたのは1988年になってから。決断には40年の時間が必要だった。それまで交渉のテーブルにつくことすらできなかった。先走ったエジプトは裏切り者扱いをうけサダト大統領は暗殺された。大体この辺までが革命世代か。本物のエクソダス号に乗っていた子供世代は今80歳前後、まだ存命の方も多いだろう。

建国前、隣国ヨルダンの初代国王アブドゥッラー1世は、自らの地位拡大に資するからとシオニズム運動を歓迎していた。弟のイラク国王ファイサル1世だって宥和の姿勢を見せた。
そのアブドゥッラーに刺客を放ち暗殺したアミーン・フサイニーという人物。この過激な汎アラブ主義者。ナチと組んでユダヤ人殲滅を目指した。アウシュビッツ視察まで行っている。アラブにもこういう過激な扇動屋が多数いた。識字率が高くなかったせいで結構デマにやられてしまうという要因もある。事態悪化にはアラブ側の盟主争いというかいつも内輪で揉める習性が貢献したのも一つある。

終盤、アリの幼馴染のアラブ人タハは同胞に殺される。彼がナチ残党と手を結ぼうとしていたのもこんな経緯があるからか。結局庇を貸して母屋を乗っ取られた形のパレスチナ人が涙を呑む。それまで普通に共存共栄していたのに。どこかで憎しみのスイッチが入ったのだろう。どこでなのかと考えるが解決は未来にしかない。
自分の足りない頭では難しすぎる方程式だ。

⇒タイトル:ソール・バス
⇒脚本:ダルトン・トランボ(復帰作)

⇒映画サントラベスト級 アーネスト・ゴールド
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