Naoto

ケスのNaotoのレビュー・感想・評価

ケス(1969年製作の映画)
4.2
ケンローチ初期の代表作。
ビリーという少年の日常を切り取ったなんともえげつない内容の作品。

ビリーの生活には経済面にしろ、精神面にしろ、基本的に余裕がない。

父は蒸発して登場すらしておらず、母親はビリーの事を愛していないわけではないが、割とテキトーに扱う。
自分に迷惑がかからない限りで世話を見たいと言ったところか。
そして問題なのが兄の存在。
非常に粗暴な性格でビリーの事を抑圧する。
炭鉱で仕事をしているが、知性も向上心もまるでないので、日銭を稼いで遊ぶ事以外の行動原理はない。

シングルマザーの家庭で、本来責任感を持って経済的にも精神的にもビリーを支えるべきな兄がごろつきなので、ビリーの精神は逼迫する。
そしてビリーは早朝から新聞配達の仕事でなんとかお金を稼ぎながら学校に通う事になる。

こうなってくると、肉体的にも精神的にも経済的にも自由が利かないので、余裕はなくなる。
余裕のなさは万引きなどの非行につながり、授業中に居眠りや無関心につながる。
そしてタチの悪い事に、居眠りの先には大老害教師が鞭を持って待っている。
無関心の先にはサッカーが下手すぎる無能教師の拷問が待っている。

ビリーの年齢は中学生(?)ぐらい。
本来なら旺盛な好奇心をいろんな物事に対して向けて心に種を撒くべき期間だ。
そうであるはずなのに余裕のなさは少年から好奇心を奪ってしまう。
将来に希望を持つでもなく、友達と一緒に何かに没頭するでもなく、生活苦に苛まれるだけの毎日がただただ漠然と続く。

学校で唯一心のある教師とのやり取りで、
「希望の仕事は?」
と聞かれて出た答えが、
「選べる立場ではありません」
なのだから、胸が張り裂けそうになる。

そんなビリーの心に翼を与えたのが、森で出会った鷹だった。
ビリーは鷹にケスという名前をつけて可愛がる。
ケスと遊んでいる時だけ、ビリーは少年らしい顔、ひいては人間らしい顔に戻る。

ケスはなんのしがらみもなく、空を自由に飛ぶ。
現実にがんじがらめにされるビリーにとってのケスとは、近接不可能でありながら求めてやまない存在であったのだと思う。

ギリシャ神話のイカロスは、父である名工ダイダロスの作った翼で空高く飛翔したが、蝋で作られたその翼は太陽に焼かれてあえなく転落死した。

ケンローチは怒る。
イカロスのように、無垢に空を飛ぼうとする少年達が地に叩きつけられて自由も余裕もない人生を送らざるを得ない祖国の窮状に対して。

そして怒りをぶつけるだけではなく、マタイの福音書から一説を引いてきて、本来あるべき姿を明瞭に説く。

"この小さな者を1人でも軽んじることのないように注意せよ"

初期から一貫するケンローチの姿勢には今のところ共感できない点がない。


おまけ

兄が成長した姿が父、
ビリーが成長した姿が兄。
無限に非生産人間が製造される構造。

格差社会の固定化は全然よその国の出来事じゃなさすぎて背筋がゾッとする。
Naoto

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