ケスの作品情報・感想・評価・動画配信

「ケス」に投稿された感想・評価

RYUYA

RYUYAの感想・評価

4.0
家庭にも学校にも居場所がない孤独な少年ビリーが、ひょんなことから独学でタカの"ケス"の調教にハマり出す話。1箇所飛び抜けて名シーンがあるのでそこは必見。少年の演技が「急にどした⁈」ってくらい輝いていてドキドキした。彼、あまり子役たらしい可愛さがないのがすごく良かった。

ツイッターとかやってると、バカみたいに毎日、動物の可愛い動画のRTが流れてきて、たまに間違えてハート押しちゃったりするんだけど、この映画観たら、俺がいかに動物を「ペット」としてしか見ていないかを恥じた。そうだよな、動物にだって尊厳はあるもんな...。
※以下、ビリーが小屋でケスを見つめながら話すシーンの台詞を抜粋。グサっときた。

「散歩に出ると"ビリーとペットのタカ"と。ケスはペットじゃない。こう聞く人もいる。"飼い慣らしたの?"。飼い慣らすなんて無理さ。獰猛で超然とした鳥なんだ。僕さえ気にかけない。だからすごいんだ。(中略)今だって、姿を見させてもらってるんだ」
せいけ

せいけの感想・評価

4.2
一貫しておきます社会というシステムのやだみを描き続けるケンローチ
頭ごなしに否定してくる教師、意味のないルール、何のためにするかわからない体育の授業、いじめ
これほど嫌な空間という意味での学校を表現している作品もそうそうないのでは
家族ともうまくいかない少年は、鷹の調教に目覚め、生きがいと誇りを覚えていく
それを自覚する教室でのスピーチはこの映画で最もいいシーン
自己開示すること、それを聞き入れることの大事さが伝わってくる
あれほど大事にしていたケスのことを考えるとラストシーンは切ないけど、残念ながらこういうことはよくある
自分が今まで頑張ってきたことが理不尽な形で横取りされる
あれから新しい何かを見つけることができるのかできないのか
少年の未来が気になってしまう
正直サッカーのシーンはめちゃくちゃ笑いました
masato

masatoの感想・評価

4.0
学校に馴染めず、周りにいびられ、家族からもまともに相手にしてもらえず、就きたい仕事や将来に希望を見出せない少年ビリーの日常を描く作品。
こんな結末になるとは思ってなかった(展開自体は予想出来たけど、まさかそこで終わるかという感じ)。
後日談なくあっさり終わってしまうのでビックリしました。
この映画が撮られたのは1969年、描かれている内容は現代にも通用するような問題ばかり。
yukko

yukkoの感想・評価

1.0
え…😨コレのどこが名作?

最近ケンローチにハマり、評価の高いこの映画が観たかった。
タイミング良くU-NEXTからリトライキャンペーンのお誘いメール。即入会。即鑑賞。嗚呼それなのに…

主人公の男の子は可愛くないし可愛げもない。
ストーリーも、「‥で?」ってなカンジ。いつケンローチ節が炸裂するのかと観ていたら終わった。
好きな監督だけどつまらんモンはツマランよ。

マジで1㍉も面白くない。
コレに高評価付けてる人、コレがケンローチ作品じゃなかったらどうなんでしょうね?(ゲス顔)
ずっと観たかった少年映画の傑作。長年かけて高まった期待は裏切られなかった。初期作品であるにも関わらず、撮影は今まで観たケン・ローチ作品の中でもトップレベルに好き。

この作品を観て、ケン・ローチが単なる社会派ではなく、作品に奉仕する人だということを改めて確認した。描写の容赦なさも含めて。
gdbsdta

gdbsdtaの感想・評価

3.8
2000年以降のケンローチ作品しか見たことなかったが、古いこの作品でも一貫して作風は変わらずなんですね。

父は蒸発していなく、遊びに出がちな母、炭鉱に勤めるクソ兄貴、いじめられている訳ではないが過剰にいじられやすく、学校でも馴染めないキャスパー君、そして鷹ケス。

曇りがちな小さい街で過ごすキャスパー君の話。

学校の先生が何かと驚き。
印象強いのはやっぱサッカーの先生ですよね、最初どうしようもなくて笑ってたが、だんだん笑えなくなってくる。
そしてケス見にきた先生。
彼の感覚が素敵。

なんとなくラストの展開は見えますが、潔い終わりかたにうなる。

キャスパー君演じてる感がなかったな、魅力のある子でした。
犬

犬の感想・評価

3.0
ケスを訓練させたり教室で皆んなに話を聞かせる時の少年の目の輝きは嘘偽り無く純粋であり、ゴミ箱からケスを抱えて真っ先に兄貴へ死骸を突き出すという演出を超えたリアリティに舌を巻く。そして、ケスの墓を掘る最中で切ることによって感傷に浸らせない救いの無さがケンローチ節。
サッカーのシーンが必要以上に長いしゴール毎にちゃんと得点表出すの笑う。
時代を感じる服装、独特の淡い質感の映像。
終わり方は衝撃的でした。
こんなに救われないラストは久しぶりです。
監督は人々に感動を与えようとしてこの映画を作ったわけではないということは分かりました。
恐らく、こういう辛いことあるよね、この主人公可哀想だよね、という心情を丁寧に映像化したのだと思います。
ただあまり自分には響きませんでした。
ノエルはこの映画が好きらしいです。
ケンローチの初期の作品。
でも日本での公開は96年。

一貫して貧困環境に置かれた人々を主人公にした映画を撮り続けるケンローチ。
鷹を育てる少年ってだけの話なんだけれど、ドキュメンタリーを見てるようなリアルな学校、家庭生活を垣間見ることができる。

抑圧された学校生活に反抗する「ifもしも…」に似た雰囲気だなぁと思ったけれどほぼ同時期にイギリスで製作されている作品だった。  

余談だけれどイギリス訛りめっちゃ好き
Jeffrey

Jeffreyの感想・評価

5.0
「ケス」

〜最初に一言、今日ぼくの親友が…飛び立ちました。ブレずに社会的地位の低い人間を徹底的に映し出してきたK.ローチの残酷極まる日常、これは戦後イギリス映画の最高傑作と言うしか他ない〜

冒頭、60年代後半のイギリス・ヨークシャー地方の炭坑町。15歳の少年ビリー、新聞配達、粗暴な兄、ハヤブサ、大人たちの無関心、教育制度の挫折、暗い問題、欲求不満、万引き、面談、馬券、スピーチ、煙草、死。今、1人の少年の親友が空高く飛びました…本作はバリー・ハインズが脚本したケン・ローチ監督の初期作の最大級の傑作で、この度漸く初BD化され購入して再鑑賞(DVDで過去に3回鑑賞)したがやはり超絶傑作だ。この作品を見てから彼の存在を知り、そこからほとんどの彼の作品を鑑賞してきた。

このブレずに社会的地位の低い人間を描いてきた彼の精神には屈服する想いだ。俺はリベラルな映画作家は嫌いなのだが、この監督に関しては別物だ。何故かと言うと、彼は一貫してイギリス庶民社会をリアリスティックに描きながら、温かい眼差しと独特のユーモアを交えながらこのイギリスから一歩も世界に出ずにずっとど止まりながら英国人の貧困層を描いている。他の映画監督と言うのは必ずハリウッドに進出したりするものだ。だが、彼は60年代から変わらぬ姿勢を貫いて映画を撮り続けている。これが他のいわゆるリベラリストの映画作家との大いに違う点だ。

今でこそVHSからDVD化もされ、リーズナブルに観れる様になったこの作品だが、1969年に製作したこの作品が日本公開されたのは90年代だ。確か映画誕生100年を記念してブリティッシュ・フィルム・インスティテュートが各国を代表する映画監督に依頼したことによって日本でもようやく上映されたと記憶しているが、94年にベルリン国際映画祭で銀熊賞受賞した「レディバードレディバード」との2作品の上映だった。この時の映画100年史をテーマに番組を制作した日本側の人物は大島渚だったと記憶する。

それこそ「地獄の黙示録」とパルムドール賞を同受賞したフォルカー・シュレンドルフ監督の「ブリキの太鼓」のオスカル役で有名なダーフィト・ベンネントが主にこの作品で俳優業を終わらせたのと同様に「ケス」のビリー・キャスパー役の子役デヴィッド・ブラッドレイもこの1本でもの凄いインパクトを残してくれた。彼の芝居あってこそ1969年カルロヴィ・ヴァリ映画祭でグランプリを受賞したと思う。

この作品にまつわる話はほとんど調べ尽くした。あまりに好きだったから。そうした中、ポーランドの映画の巨匠とされている1人K・キェシロフスキもこの映画に衝撃を受けたとインタビューを受けていた。彼のデビュー作の「アマチュア」と言う作品では「ケス」の写真を載せた映画本を登場させたりするまでのファンらしい。その前にイギリスの監督ではアラン・パーカやフリアーズ、アプテッドなどがこぞって最高峰だと口を揃えているのも周知の通りだ。

さて前振りはこのぐらいにしといて、物語(本題に入っていこう)。

物語はヨークシャー地方の炭坑街で暮らす1人の少年ビリーを軸に、森を抜けた僧院で捕まえたハヤブサの雛を唯一の友達にする。彼は体格も貧弱で勉強にも疎くてクラスでは落ちこぼれである。兄と母親は近くの酒場に毎週土曜日に遊びに行ってしまい、結局父親がいない彼はいつも1人で留守番だ。彼は何とか餌付に成功し、草原でハヤブサのケスを飛ばす。勉強にも気が入らない彼にとっては学校の教師たちも冷ややかな目で彼を眺める。体育の授業でも先生は貧乏人であるビリーが体操服を購入出来ないことを知っていながら、彼にブカブカのズボンを履かせて生徒たちの笑いものにしてしまう。そういった中、ゴールキーパーのビリーのせいで自分のチームが負けたと断言し、泥だらけのグランドに押し倒す。体を洗うべくシャワー室では凍えそうに寒がるビリーを閉じ込め、冷水を浴びさせる始末だ。

そういった中、とある国語の授業中に教師のファーシングがやる気のないビリーに向かって立ち上がりなさい、何かを話しなさいと指示する。戸惑いながらもビリーは立ち上がり、ケスのことを話し始める…と彼は一気に自信を取り戻すのだった…。

(冒頭から中盤までの流れ)。↓

本作は冒頭にベッドに眠る兄弟が目覚まし音に起きる描写から始まる。弟は目覚ましが鳴ったよと兄貴に伝える。兄貴は分かってると言う。早速兄弟喧嘩が始まる。真っ暗な部屋は兄貴が起き上がり電気をつけたことによって明るくなる。そして弟はまぶしがる。兄貴は部屋から出て、弟は立ち上がり電気を消しもう一度ベッドに入り眠る(ここで民族楽器の笛のような音が聞こえる)。そして「KES」とタイトルロゴが写し出される。

続いて、弟も起き上がり、洋服を着替える。部屋の窓からは美しい風景と自然光が彼を照らす。彼は家の外に出て、自転車が置いてある小屋に行くが、どうやら兄貴に使われてしまい彼は仕方なく走って(途中で野良犬に追いかけられる)町外れの草むら生い茂る道を通り、歩道を走り込み、新聞配達をしているアルバイト先に到着する。彼は、そこの経営者の男性に自転車が取られたから歩いて配達すると言う。

そしていざ新聞配達へ。彼は途中で牛乳瓶が置いてあるトラックから数本の牛乳を盗む。そしてあちこちに行き新聞をポストに入れていく。そして牛乳を盗まれたと思知らずに、牛乳配達の男性と仲良く会話をする。続いて、彼は草むらに座り大好きな漫画本を読む(この時の炭坑街の煙と工場の背景と漫画を読む少年の画のギャップがすごく印象的である)。彼は漫画の台詞を口に出して読む(この時画面は漫画のアニメをスライド撮影していく)。

続いて、彼は配達員の店に戻り、遅かったなと少しばかり愚痴を言われる。カメラは、学校の教室と移り変わる。少年は教師にダメ出しされる。彼の友達らしき子鈴が明日隠れ家に行くから来いよと少年に伝える。画面はフェイドアウトして翌朝になる。

ヨークシャー地方の自然豊かな炭坑街の描写で始まる。ここには1人の少年がいる。彼の名はビリー・キャスパー。母親と炭坑で働く兄ジャドとの3人暮らしをしている。父親は家を出て行ってしまっている様だ。ビリーのルーティーンは新聞配達だ。彼は父親がいない家計を助けるために毎朝新聞を配達している。時々、牛乳を盗み飲みすることも習慣の1つになっている。

そんなある日、ビリーは放課後に仲間と一緒に森にハヤブサの巣を探しに行く約束をする。翌朝、ビリーは学校の連中を誘いに行ったが、まだ眠っている彼らは外へ出てきてくれない。仕方なく彼は1人で森に入っていく。そこには古びた僧院の建物にハヤブサの巣があるのを見つける。カットが変わり、彼が鳥の本を借りるべく図書館に向かう姿が映し出される。

図書館に着いて本を借りようとするが、父親の同意がないと図書館を利用できないと断られてしまう。彼は図書館員から教えてもらった古本屋に向かい求めていた本を見つける。しかし彼は万引きをしてしまう…。

とある土曜日の夜。母親は恋人と兄のジャドは仲間と毎週土曜日に酒場へ遊びに行く。1週間分の気晴らしをするのが彼らの日常である。彼らが家を開けることにより、ビリーはいつも1人で家に留守番だ。明け方近くになって兄に叩き起こされたビリーは家を出て森を抜けた先にある僧院の壁をよじ登って一羽のハヤブサの雛を捕まえる。ビリーは雛を"ケス"と名付けて大事に育て始め、やがて餌付けに成功する。

彼とは変わり、大自然の緑豊かな草原で名前をつけたばかりのハヤブサのケスを飛ばす彼の姿をとらえるカメラ、その体格は貧弱に映るが、どこかしら誇らしげだった。カットが変わり、体育の授業で体操服を持っていないビリーに対してブカブカのズボンを履かせて生徒たちの笑いものにする教師の姿、彼がゴールキーパーをやったせいで自分のチームが負けたと言い張り、彼を泥だらけのグラウンドに押し倒してしまう。続いて、シャワー室で体を洗おうとするもビリーを閉じ込め、さらに冷水を浴びさせ凍えさせる。

続いて、ある日の授業中に、国語の教師がビリーに対して何かを話しなさいと言い、彼がその場に立ちハヤブサのケスについての話をする。岩手彼の目は輝き始める。続いて、母親のことを馬鹿にされたビリーが仲間と喧嘩をする。それを止めに入った教師は彼に今度ケスを見せて欲しいと言う。

ビリーが自宅に帰ると馬券を買うようにとの兄からの指示のメモが置いてある。彼は馬券売り場に行くが、ジャドが頼んでいた馬券とは違うものを購入してしまう。運悪く兄貴が予想していたレースが当たってしまい、彼は学校に乗り込んでくる。校内を逃げ回るビリーの姿が捉えられる。

やがてビリーは家に帰り、小屋にいるはずのハヤブサのケスの姿がなかった…と簡単に説明するとこんな感じで、この作品は少年の心を大空高く舞い上げた唯一無二の大傑作である。やはり、英国映画の付き物、炭坑町、兄弟の関係が強烈かつ鮮明に描かれている。あの「リトルダンサー」も兄と弟の関係は最悪極まりなかった。「ケス」の兄弟関係も最悪極まる。弟の大事な本を投げて、さぁ喧嘩スタートとこのように暴力沙汰は日常茶飯事に起きる…

英国映画を観るにあたっての一種の儀式の様な慌しい日常(エスカレートしていく喧嘩)が本作にもどっぷりある。それに、リトルダンサーでは母は他界していて、兄と父が毎日ぶつかっていたが、本作は父が居なく母と兄がぶつかっている。それとは対照的に弟ビリーは友達に母親を馬鹿にされ喧嘩する程の親思い…だが、解決方法は喧嘩と暴力的である。だけど、自分より大きな存在(この場合は教師)に対してはやられるがまま…鞭で打たれ、水責めされ…とこんな具合だから、ビリーは牛乳も本も盗んでしまうのだよ…そう、彼にとってこの世の中はクソッタレなんだ。

それを完璧なまでにクソッタレにしたのは兄がやらかすクライマックスの事柄だろう。これでビリーは昨日とはまるで異なる性質に変化したのさ。些か、ゴロツキに見える兄貴も立派に炭坑夫として働いてる。そう、リトルダンサーの兄貴もそうである様に…あっ、因みにリトルダンサーの弟の名前もビリーだったな、偶然か…。

この映画には死人が出るが、それは炭坑のストレス、田舎町のストレスが原因にも自分に見えた…それは果たしてどうかはわからない…だが、一つだけ言えるのは犯人は悪魔ではない…。意味深な言葉を述べるが、深入りはまだしないで映画をとりあえず見て欲しい…。



やはり、やっぱり、傑作はどの年代に見ても傑作なんだなと改めて思わされた。子供を主人公に扱った作品は数多くある、その中でもこの映画の唐突に訪れるラストの衝撃は細胞一つ一つに投げかけてくるメッセージが感情的に盛り上がってしまう…果たしてあんなクライマックスで良いのだろうか。逆に言えば、このクライマックスによって賛否両論が分かれるかもしれない。なんだかんだハッピーエンドを楽しみにしていた人、バッドエンドを楽しみにしていた人…そのどちらでもないものを楽しみにしていた人…。これこそ突然の"幕切"と言う映画なのである。

だから僕はこの映画をこう呼ぶ、幕切れの映画…と。

この監督の素晴らしい所は、決して犠牲者として労働者層を扱っていない所だ。常にテーマは不条理な世界を描いている。彼が近年、2度目のパルムドールに輝いた「わたしは、ダニエル・ブレイク」しかり最新作の「家族を想うとき」もそうである様に、社会的地位の低い人間、中産階級、貧困と同じテーマを繰り返し違う視点から描いてきてる。

これがローチなのである。だから、ジャンル分けするなら"ローチ"という他ない程の徹底ぶりした理不尽さをイギリス国内にフォーカスして撮っている。こんな事は他の監督にはない精神、執念だろう。このあくまでも英国に留まる姿勢が素晴らしい。ただ、自分の思想をばら撒き粋がって煽りつけ、誘導するマイケル・ムーアの様な映画作家とは大違いだ。

政治的な問題に立ち向う姿勢だけでは無く、きちんとファクトを見出し、丹念に問題点を浮き彫にし、それを解決へと導こうとしている。もろに私は、ダニエル…がそうだったじゃないか。あれは英国人から見たら批判したくなる国に対しての宣戦布告だろう…だがしかし、そこにヒューマンな魅力を映している。隣人の黒人青年との交流とかだ。是枝の「万引き家族」とは大違いのファクトがある。

決して時代の流行に左右されないローチは本当に尊敬できる。日本にもこう言った作家がまた現れる事を願うばかりだ…。

にしても、60年代の雰囲気を見事に捉えてる気がする。気がするってのは自分は英国に住んだわけでもないし、分からないからだ。ただ、体育の授業のサッカー場面を観たりすると、なんだが60年代後半の英国ってこんな感じだったんだろうと感じるのだ。特にミュージックパブの下りとかが正にそう感じる…。このパブでは母親が友達にビリーの環境を変えてあげれば立派に教育も得られて立派な大人になれると心配する声も上がるが、結局彼女はそれに対して何も行動起こそうとしない。



この映画は小さい子供の世界に残酷をとことん突き詰めたような映画で、図書館で本を1本借りることすらできない…だが、この図書館の話は少しばかり面白くて、図書委員の女性が21歳で選挙権を持った人じゃないと借りられないと言って彼が僕は21歳だ選挙権を持っていると嘘をつくんだが、そんな事は見破られて、そんな事はありえないと言われるシーンが何かおかしくて可愛らしくてすごく好きだ。いい意味でマセガキなんだよなぁこの少年は。

それからガムをいつも噛んでいるわけではないが、時たま噛みながら大人びた表情で悪さをしたり愛くるしい表情でお願いをしたりする彼がどうしても嫌いになれない。タカの本を兄貴に奪われておちょくられる場面も愛くるしいし。しかも兄貴はこれを盗んだと言い当てるが、盗むんだったら金にしろと促し、叱るんじゃなくてもっと価値あるものを盗めと言う…これは年上の兄としては失格出し、本をビリーに向かって投げたり、とにかく暴力的に解決しようとする兄貴がひどい奴なんだわ…。

だけど、兄貴が酔っ払ってビリーが彼を寝かしつける場面での細やかな仕返しは非常にすっきりする。でも、それまでの流れで、兄貴が酔っ払って力が出なくて、自分のズボンも脱げなくて真夜中に勝手に帰宅して、すでにベッドの中で眠っている弟をたたき起こして、ズボンを脱がしてくれと頼む始末、なんてロクデナシなんだと思った途端にビリー自体が眠っている兄貴に対して、この"ろくでなし豚野郎"と蔑む場面になるんで観客はすっきりするのである。



それに友達も友達で、一緒に朝6時に隠れ家に行こうねと言いながらも、普通に寝ていて、その友達にの母親にこんな朝早くに起きてるわけないでしょって怒鳴られるは、向こうから約束は守れよと言うも、身勝手な友達のせいで少年が1人で森へ行く場面も孤独感が迫ってくるものがある。それに1人で森をさまようシーンで流れる音楽がすごくファンタジックで個人的には好き。音楽側の優しさを感じるー場面だと思う。

それに大空を高く飛ぶハヤブサを眺める少年の目線(眼差し)とハヤブサだけを捉えるカメラの描写がなんとも美しく儚い…。ビリーが餌付けしてケスを訓練する場面でのロングショットやクローズアップが非常に印象的で、なんとか自分の所へ呼ぶことができ成功する場面の途端にカットが切り替わり、ごついサッカーの教員の真っ赤なジャージ姿で音楽と共に運動するグロテスクな描写に不意に変わるのもなんともインパクトがある。グロテスクと言うのはあまりにも美しい少年とはやぶさの訓練からごついおっさんの描写に変わったからそう言っている。

ここでのシーンのサッカーをする生徒たちの体の大きさを比べると、これって少年との体格差とあまりにギャップがありすぎて、同級生なのか少し疑問になるが、これは先輩達とやっているのか?特にそういった解説がないため普通に考えるなら同級生同士との戦いと言う感じがするが、あまりにもビリーの体が小さく感じる。彼が巨大なパンツを肩まで引き延ばして寒さをしのぐへんてこな容姿の場面の可愛らしさったら半端ない。それを馬鹿にする生徒を含めコーチの姿は醜いが…。

またこのコーチが生徒以上にくそったれで、自分で転んでおきながら、今足を引っ掛けただろう。ペナルティーキックだと言い張ってしまい、生徒たちはそれに対して笑ってしまう。あまりにもふざけたロジックを展開するからだ。それにキーパーに選ばれたビリーが役立たずと言うことで、ボールを彼に投げつけその勢いで泥まみれになってしまう彼の姿も非常に痛々しい。ほんと典型的な傍若無人な大人であるこのコーチは。

しかもキャプテンがこのデブと高慢なコーチに言ったことによって更衣室に行け、お前は退場だって言ってしまうのも非常に残酷である。ビリーだけではなく圧倒的に地位の低い子供に対しての扱い方が残酷である。そもそもサッカーのプレイをしているのにキャプテンを退場させるっておかしすぎるだろ…ふくよかな生徒にはビンタするし、やりたい放題だ。そんでビリーがサッカーに空き始めて、ゴールの先にぶら下がってターザンごっこをしてしまって、それに対してコーチがブチ切れる場面も面白い。その時のビリーの対応が笑ってしまう。

それにビリーがシャワー浴びないからって、思いっきり平手打ちするし、シャワーを浴びたくなければ免除届けを出せってどういうことだよって思う。日本の学校ではここ最近ニュース見ると生徒が思いっきり教師を馬鹿にしたりしているように感じるが、この当時のイギリスの学校の教師の圧倒的な権力は凄すぎるものがある。まるで軍隊のようだ。軍学校ならまだしも、普通のヨークシャーの学校でここまで体罰的な教え方はいかがなものだろうか…それに教師が生徒を使ってビリーに対してシャワー室から逃げないように見張りとか独裁的に周りを使っていく。しかもビリーが風邪気味と言っているのにも関わらず、コーチがわざとシャワーの水を冷水に変えたりとかもはや幼稚だ。

逆に生徒が、このままじゃ本当に風邪ひいてしまって肺炎になると心配する位だ。どっちが大人か分からなくなる。そんなの知るかと言う始末だし、このコーチ本当に最低最悪な人間である。コーチがビリーが体操服を変えないと言う事に対してボールで頭をつつく場面があるが、こんなの今の世の中やったら壱発アウトだ。正直悪さをやった子供に対してそのぐらいやるのは俺はいいと思うが、ビリーみたいに無抵抗な子供に対して行えるのは非常に胸糞が悪いものだ。そう、この映画は無防備であり無抵抗主義な子供に対して大人が力を行使して圧倒する場面が多く見られる。


しかもこの映画免罪事件まで起こしている。教師と生徒が全員体育館に集まってアーメンを歌って、静かな空間で咳をする少年に対して教師がブチ切れて、誰だ今咳をした奴はと言い、そこに1人の生徒が選ばれ、校長室に連れていかれるのだが、彼は自分ではないと言っているのにも関わらず無理矢理お前がやっただろうと大人が決めつけてしまう。恐ろしい社会だなと思う。そしてその怒りの矛先はビリーにも訪れる。教師が今お前は寝てただろうと言い、処罰してやるから覚悟しろと彼を全校生徒の目の前で罵る。

ところ変わって、校内で喫煙をした生徒たちが廊下に並ばされ、校長先生が直々に彼らを叱る場面での手のひらを前に差し出して木の棒で校長が手のひらを叩く場面で子供が泣いてしまう場面も印象的だったが、その後に来る教室でのビリーがハヤブサに対して詳しく説明するシーンが、この映画の最も魅力的なシーンの1つであり尚且つ、観客に唯一の救いを与えている美しい場面だと個人的には思う。

足緒のスペルをわからない先生が、ビリーに対して前に出て黒板に書いてみんなに教えてやれと言う場面はほんの少しながらビリーがイニシアチブを手に入れた瞬間である。ここから彼の解説が始まるのだが、カメラは長回しして彼の解説を長々と映すのだが、この子役こんな膨大なセリフをよく覚えたなぁと感心してしまうほどだ。それに、今まで罵倒してきた生徒たちや教員が彼に対して敬意を持って拍手喝采する場面でもある。初めて彼が称えられたシーンなのだ。それに彼が独白してハヤブサに対しての訓練方法を語るシーンも魅力的である。

ジェスチャーまでしてハヤブサをどう飛ばすかを生き生きと話すのだが、結局生徒は実際のハヤブサとビリーが訓練している場面を見る事は無いのである。ただ国語の教師だけがそれを見れるのである。それに、学校のグラウンドでビリーが同じ生徒に母親のことを言われ、喧嘩する場面での先ほど拍手喝采を送った国語の男性教師がビリーに対して擁護する場面はすごく感動的である。ビリーよりも体が大きい生徒に対して、お前が虐めたんだと言い、その生徒が父親を呼ぶぞと教師に言うのだが、その国語の教師が俺も親父を呼ぶ、親父はヘビー級チャンピオンだぞ。さぁどうすると言い、結局彼の口からタバコの匂いがして更に追い打ちをかけるシーンでのビリーに対しての唯一の人間の見方を表した瞬間で非常に感動的である。

ここで、ビリーが家族や学校での思いをぶちまける場面での圧倒的な正論に観客は驚きながらもうなずいてしまうだろう。きっと…ここは泣けるところじゃないと思うのだが、国語の先生と会話した後にビリーの後ろ姿が映されるのだが、その数秒間が自分にとってはかなり感動的だった。唯一自分に優しくしてくれる先生だから、先生の提案を了解したんだろうなと思う。そこからカットが変わって猟銃を手に持つ彼のクローズアップが大人気で素敵だ。


それに教師とビリーがハヤブサの小屋でハヤブサについて少年が語る場面では思いっきり生徒と教師が逆転しているのも非常に面白い。それとビリーが街でフィッシュアンドチップスを購入して、ハヤブサに与えるための牛肉を購入する場面で、そのおじさんに無料であげるよと言われてフィッシュアンドチップスもっと食べる?と差し上げるこの優しい気持ちがすごく素敵だ。

そしてビリーが就職面談をする場面での他は母親を連れてきているのに彼の両親は来ないと言う孤独感がすごく固定ショットから伝わる。そして兄貴の馬券の金をくすねたことによって彼に怯えながら逃げ回るビリーに対して悲劇的な結末が訪れるシーンは胸が張り裂ける思いだ。

この映画を見るとどうしてもトニー・リチャードソンが発起役のフリーシネマの作家たちの有名な50年代の作品とは打って違うイギリスの新たな波だなと思う。確か戦後イギリス映画っていうのは、ほとんどが劇場公開されずにテレビで流されていた。だからこの作品が日本に劇場で到着するまでに何十年もかかったんだと思う。

余談だが、この作品はあまりのヨークシャー訛りがすごくて、何を言っているか聞き取れなかったイギリス人がフランス語の字幕を読んで映画を見たと言うほどだ。そういったのがカンヌ国際映画祭では話題になっていたそうだ。確かに普段の英語とは違うイントネーションである。それと確かイギリスの人気バンドミュージシャンのオアシスのボーカル、ノエル・ギャラガーが僕は何かにぶつかった時いつも「ケス」を思い出すと言っていた。




最後に一言、まだこの作品を見ていない人がいたら是非一度見てほしい。少しも作品として古びていないこの素晴らしい残酷な映画を……。僕はビリーを悪ガキだとは思わない、むしろヒーローだと思って見ていた。何故かって、あのラストの"斧"を肉親の兄貴に使わなかったからだ…この曖昧な言葉を最後に残して筆を置く。
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