カリカリ亭ガリガリ

パンドラの箱のカリカリ亭ガリガリのレビュー・感想・評価

パンドラの箱(1929年製作の映画)
5.0
超絶オールタイムベスト。
ルイーズ・ブルックス特集@シネマヴェーラ渋谷にて。ソフト入手困難、サブスク未配信作品とあって、満員の劇場。
老シネフィルおじじで埋め尽くされると思いきや、自分よりも若い男女カップルがちらほら。シネフィルカップル? とは言え、Z世代が「なんかこの女優さん可愛いねー観よっかー」くらいのテンションで2時間越えのサイレント映画を観ることは素晴らしいよ。終わった後「ぎょへー怖かったー」とカップルが話してて、とても嬉しかった。

さておき、地獄のように恐ろしく美しい大傑作である。たとえば、ムルナウ、ラングとドイツの映画監督たちを夢想した際に、結局はパプスト御大のことを俺はいちばん考える。そしてそれは同時に、ルルことルイーズ・ブルックスを想起することでもあった。圧倒的にルル最高傑作だ。

およそ2000人のオーディションの中でルルと邂逅を果たしたパプストは、その瞬間にルルによって呪われたと言っても過言ではないし、ルルもまたパプストによってそのパブリックイメージを呪いのように身に纏わうことになった。加えて、僕のように思春期に本作と遭遇してしまった観客も漏れなく、この呪いから解放されることは生涯無い。
何年ぶりに観たんだ?というくらい久しく、しかもスクリーンで観たのは初めてだったけれど、巨大に映し出されるルルのクローズアップに、映画の魔そのまのを観る。

明らかに"魔の映画"だ。

妖艶で華麗で悪魔的で無邪気で無自覚なニンフによる破滅の地獄絵図。破滅をもたらすファムファタールもまた、自らの磁力によって自滅していく恐ろしき闇の映画。にも関わらず、否だからこそ、おぞましいまでに美しい映画。

そして何より本作が恐ろしいのは、ルルの虜となる男女漏れなく全員が「勝手に」自滅していくという、これはもうほとんどホラー映画、なんなら四谷怪談的な出口なしの地獄だということ。
ルルは無邪気で無自覚かつ受動的でしかなく、だから救いのないラスト(ルルがまさかのアイツと遭遇!)でルルだけが笑顔なのが本当に切ない。
あんな最悪なラストなのに、あれが「ルルの子供の頃からの夢がやっと叶った」瞬間なのが悲しすぎる。スゴすぎ。

ブレッソンはぜってーコレからの影響が強いよな、と思しきショットも多数アリ。
っていうか、ほとんどのショットがとりわけ技術的にスゴイことなんかやってないのに、もう本当に漂っている空気感が極上にヤバい。闇の中を舞う煙、もうノワールやんけ。

ルルのイメージは、例えば『パルプ・フィクション』のユマ・サーマンや『レオン』のナタポーや『女と男のいる舗道』のアンナ・カリーナなどへと脈々とオマージュされていくが、未だに本作のルルを超える"ルル"は、約90年経過した今でも出現していない。

あと今回見直してうおおおと思ったのは、ルル以外の男性陣の抑制された名演の数々。ルルばかり取り沙汰されがちな印象があるけれど、闇を目の前にした人間の絶望の演技がまあ見事見事。感情にずっと蓋をしてる感じ。この辺、パプストが精神分析に造詣が深かったことが演出の妙となっていてかなり良かった。
あとちゃんとレズビアン映画でもあるんだけど、男も女も善人も悪人もマジで全員を不幸に陥れる作劇は、やっぱりノワールというよりもホラーに近いと感じた。

本当にスクリーンで観れて良かったです……。