けんたろう

オリーブの林をぬけてのけんたろうのレビュー・感想・評価

オリーブの林をぬけて(1994年製作の映画)
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オイラも! オイラも結婚したい!


風に揺るゝ木の葉と布。斜面に乱立する木とテント。詰まりは、道と車と林と人。遠景はミニチユアの観を呈し、美しくて且つ可笑しき画を創造す。
然うして、独特なる会話のテンポ。及び其の台詞と間合ひ。成るほどイラン人の日常を全く存ぜぬ為め、──月並みな云ひ方をしてしまふと──何処までがリアルで何処からがリアルでないのかは判別しかぬ。然し彼れらが織りなす人と人との間には、畢竟、人生が視らる。即ち、リアルか非リアルかなどゝいふ詰まらぬ判別を超越したリアルが有る。
何んだか彼れの作品を観てゐると──『友だちのうちはどこ?』と『そして人生はつづく』から連らなる三部作のメタ構造も影響し──、フイクシヨンだのノンフイクシヨンだのいふ分類の仕方が馬鹿々々しくなつてくる。

兎にも角にも、私しもうキアロスタミの虜である。
何んにも言及することなく『友だちのうちはどこ?』の少年が成長した姿を映したり、決して無神経に成ることなく大地震に因る人々の悲しみをユウモアに昇華せしめたりなど、あざとさや野暮つたさの一歩手前で立ち止まつた処から為す其の演出には愈〻心を奪はれる。又た、無邪気なるガキ共と、会話をする大人達とのコントラストに因りて、画に可笑しさが齎さるゝのも好い。何処か悲しげで然しユウモラス。其んな描写に満ち満ちてをり、非常に惹きつけらる。

極め附けは、彼の階段を隔てた長きシインである。
台詞を吐くタヘレを終ぞ映さぬ其の卓越した表現よ。此の何んともいぢらしき描き方が出来るのは、果たして映画だけではあるまいか。
然うして、振られた男の、其れでもなほ希望を見つゞくる無様な姿よ。粘着粘着。成るほど女からすれば、たゞのストオカアには相違あるまい。然しながら、彼れは真剣なんである。確かに馬鹿である。何うしやうもなく間抜けである。然し、彼れは真剣なんである。
加へて、振つた女の、其の目さへも合はせずに忌避する冷酷なる横顔よ。無視無視。成るほど無視は、相手の存在其のものを否定する究極残酷な悪行である。然し彼女は──イテヽ。何んだか二人の様を見てゐると、在りし日の私し自身を見てゐるやうで、大へん胸が痛うなつてくる。
兎角も、此の余まりに愚かなるシインにこそ、蓋し人間の真実が在るんではあるまいか。

ジグザグジグザグ。迚も一本道ならぬ此の人生。故に、大へん面白し。

然うして、過干渉はせず、然し決して冷たくはなく、洗練せられた眼を以て人々の「生活」を見つめつゞくるキアロスタミ。其の人物との距離感にこそ、蓋し、真の優しさが在らう。
嗚呼、カウリスマキと同じではないか。私し、御両人を心の底から敬愛いたす。