もものけ

ノー・マンズ・ランドのもものけのネタバレレビュー・内容・結末

ノー・マンズ・ランド(2001年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

民族問題って、泥沼に落ちて二度と這い上がれないものみたいなのぇ〜……。

1990年代、ユーゴスラビアから独立したボスニア・ヘルツェゴビナで、民族紛争が勃発。
互いの勢力が陣取り合戦の様相を呈する戦闘の中で、セルビア人勢力の民兵は、奇襲をかける為に霧の中移動を開始するが、濃い霧の為に身動きがとれなくなった…。
霧が晴れると、なんとそこは勢力間の中間地帯。
激しい戦闘の中で、負傷した2人の民兵が立て籠もる中間地帯へ、ボスニア勢力の民兵も取り残されてしまい、拮抗状態になってしまう。
頼るは国連軍の仲裁活動になってしまうが、事態はとんでもない方向へ進みだしてしまう…。

感想。
仏メインの作品で、シュールなジョークを交えながら淡々と物語を進める手法で描く、とんでも暗さの反戦映画でした。
でも、紛争を皮肉っぽく上手く表現している点など、個人的には素晴らしい反戦映画だと思います。

私的解釈ですが、この作品は、中間地帯に取り残された2つの勢力をミニチュアとして、負傷したセルビア人、重症して地雷までセットされてしまうセルビア人、偵察に来て返り討ちにあって負傷するボスニア勢力民兵の3人を 複雑な民族紛争の解釈の比喩にしている構図な気がしました。

負傷したセルビア人、
負傷したボスニア勢力民兵、
この2人が、泥沼の民族紛争で互い傷付き合った勢力。
重症で危険な中間地帯へ取り残され、地雷までセットされてしまうセルビア人、
これが互いの勢力の一般市民。

負傷した2人は、互いに罵り合いお前が最初に仕掛けてきたと譲らず話すらしたくないと言う割に、話をしてみると地元のご近所さんで、世間話できてしまう関係。
でも、遺恨が根強くある為に、ちょっとしたキッカケで、すぐ武器を取って互いに向け合う。
誰かが取り持たないと永遠に続けてしまうかのように…。

重症のセルビア人は、中間地帯という紛争の最も危険地帯に取り残されてしまって、逃げ出したいのに地雷の為に身動き取れず、為す術もなく、この2つの勢力に挟まれて助けが来るのを待つだけの市民。

ここに、本来調停をして収めるべき国連軍の存在が、ただの旅行感覚の傍観者でしかなく、大した役にも立たない存在。

さらに、人道的立場として戦地に来たジャーナリストも、いい絵とコメントが取れればとの思惑だけで形だけの人権を訴える始末。

一見、人道的立場で国連軍の命令を無視して中間地帯へ乗り込むフランス兵士や、国連軍の無意味な活動を批判して、行動に移させる圧力をかけたジャーナリストを観ていると、なんとか悲劇を無くしたいとする人々もいるのかと思いがちですが、私的にそう解釈した理由が、この重いラストシーンでした。

徐々に拮抗する2人が殺し合いを始めてしまい、なんと、地雷の撤去が不可能と見るや、重症の民兵を放置したまま、皆はさっさと引き揚げてしまうのです。
そして、カメラは取り残された民兵を上から写しながらエンディングとなる、かなり後味の悪い重苦しい終わり方です。

そこには、民族紛争の為す術のなさをメッセージとして描いている、そんな感じがしました。
そして、傍観者である世界も紛争に加担する悪なのかと…。

この作品は、コメディタッチに描かれていて、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争をよく知らないで観ていると、拮抗した勢力の陣取り合戦の中で起きた悲劇という物語として、ラストシーンが非常に最悪な結末を印象的にしている上手さがありました。
でも、このボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は、第2次世界大戦以降起きた最悪の紛争として記録されています。
とんでもない数の住民の虐殺や、”民族浄化"と呼ばれる強制的出産の組織的レイプなど、凄まじい紛争をメディアが報じて、やっと国連が動く経緯を辿った恐ろしい内戦とのことです。
この紛争の中心に居て扇動、指示、活動をしたとして、ラドヴァン・カラジッチという人物は、戦犯として指名手配までされています。

こういった紛争の中身を知りながらこの作品を観ると、ミニチュア設定解釈された民族紛争の難しさなどを考えさせられ、コメディタッチでありながら、CGではない兵器のリアルさや、役者達の大袈裟ではない上手い演技力などで、映画としてのメッセージがよく伝わると思いました。
非常に素晴らしかったので、5点を付けさせていただきます!!

未だ遺恨と、望まれない出産による同族からの差別などで、全く癒えることないボスニア・ヘルツェゴビナの悲惨な民族紛争が癒える日が来るのでしょうか…?
とても重苦しいテーマではありました。
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