もものけ

名もなき歌のもものけのネタバレレビュー・内容・結末

名もなき歌(2019年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

妻は身重で夫は無職。
二人は戸籍すらない地方の原野から、町へ働きに出てきました。
身重の妻は、ラジオで流れる"無料で提供する医療"を知り、バスで何時間もかけて辿り着く頃には出産間近。
しかし、産まれた子供は何処かへ連れてゆかれ、病室には途方に暮れる母親だけが残るのでした…。






感想。
スタンダード・サイズのモノクロ・フイルムに、箱の覗き穴から眺めているような映像が特徴的ですが、遠い異国の出来事をカメラのレンズを通して覗くだけの観客目線を演出しているペルーの貧困をテーマにした作品です。

"何も与えられない母親の元にいて幸せか"と詭弁を弄する相手に対して、記者は否定するのでもなく何も言わずに立ち尽くしております。
ペルーの貧困の現状を最もよく表したシーンといえます。
本来ジャーナリストとは、社会に対して物申す存在のはずですが、返す言葉もない記者の姿は、諦めすら感じさせるほど腐敗した国への絶望のようであります。

腐敗した司法と、貧困から機能しない行政に、コロコロ変わる政情がもたらす内戦と産業の停滞。
ドン底まで落ちている南米の見捨てられた国として、作品ではやるせない物語と共に、溜め息しか出来ずに映像を眺めるだけの観客になってしまいます。
これがフィルムに反映された作風でもたらす効果として、意図的なのか分かりませんが、映像に意味を持たせているように感じます。

2020年のペルー調査報告論文などでも、未だにセンデロ・ルミノソとの闘争や、採掘や麻薬栽培に従事させる誘拐が報告されているペルーという国。
営利誘拐をプロットに描いた作品ですが、現実に起きている問題を伝える手法として物語を映画にした意欲と、窮状に誰も手を差し伸べることがない小さな国への関心を呼び起こすキッカケとして、とても心に残る作品でもありました。

多少今どきの流行りでもあるLGBT問題などを無理に盛り込んでいる印象もありますが、判事と医療機関がグルになって赤子を営利誘拐している腐りきった司法と行政に、高いインフレーションで貧困に落とされる国民がテロ組織へ加入する意味も感じ取れます。

都市部は整備されて近代的になっているのに、地方は道すら無く電気・水道・ガスといったごく当たり前のインフラすら整っていない掘っ立て小屋で、土地を持たず農業に従事できず、戸籍すら得られない人々が、この21世紀にもなった現代に居るのかと愕然とさせられてしまいます。
それも内戦などの戦火が国を焼き尽くしている訳ではないのに、腐敗しきった政府の愚策で虐げられる国民という、独裁国家としても発展途上国でしかない国の姿を見ていると、南米で共産主義を求めてテロが起きやすいことにも納得がゆくほどです。
チェ・ゲバラが英雄として南米で祭り上げられているいい例です。

ヨーロッパ列強が侵略して資源を取り尽くして破棄捨てて、部族同士の憎しみだけを植え付けたまま放置して、アメリカ大陸の経済圏から外し、共産主義が産まれると"悪魔"の国だと批判されて、経済が発展することなく世界から孤立している南米の弱い国。
ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカの国連での演説が有名ですが、こうした映画によって知ることのキッカケにもなれる作品として、心に残る作品でありました。

物語は悲劇的で、現地の歌と共に淡々と進行してゆき、特質すべき印象的な展開もありません。
言ってみればごく平凡な作品ともいえます。
しかし、これを平凡な作品として上からの目線で鑑賞してしまう、観光客気分の観客の一人として、フイルムの覗き穴のような映像が訴えかけてくる何かを、みなさんは感じ取れたでしょうか。

夫までテロ組織に出稼ぎにゆき、戻らない娘を想いながら、母親は"名もなき歌"を歌い続けます。
なんともいえない気持ちにさせられ、やはり観光客目線にしかなれない恵まれた日本に住む私には、理解すら遠くなるほど、遠く遠く離れた小さな小さな国での、ありふれた些細な出来事でしかないのかもしれません。
ペルーという国を少し知りたくなる、そんな作品へ4点を付けさせていただきました!
もものけ

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