あなぐらむ

ヘアピン・サーカスのあなぐらむのレビュー・感想・評価

ヘアピン・サーカス(1972年製作の映画)
4.5
なんと一人で二本立てをやってのけた西村潔の、横浜マッド・マックスとでも言うべき、車のエンジン音と疾走感のみが繰り出されるカーアクション映画。

レーサー・見崎清志を主演に、走る事が生きる事だった男の渇きと焦り、腐って行く苛立ちを、永原秀一はひたすら冷徹な目線で描く。ロマンスに流れない。
人を死なせて一線を退き、妻子ある身で細々と生きている寡黙な男を挑発して止まない、撃墜数をマーキングしたトヨタ2000GT(「サーキットの狼」か)を駆る蓮っ葉なヒロイン、江夏夕子の大きな瞳と蠱惑的な唇。そこで映画は成立している。

マリファナをキメて空戦よろしく編隊を組み、テクの無いドライバー達を魔のカーブで葬って行く投げやりで無鉄砲な若者たちの頽廃したムードに、1972年という"隙間の年"が刻印されている(西村潔のこの年の仕事自体が、隙間の時である)。

原一民のアクロバッティックな撮影は夜間撮影でありながらクリアでソリッド、かつドライブ感があり、首都高から横浜へ、そして雪原や波うち際への性的昂揚を感じさせるイメージへ、疾走する空気の中へ、観る者を放り出す。
このほぼ説明の無い、映像だけを駆使して見る者を捉えて放さない90分は、しかし常に低温のままドライブし続ける。

レースドライバーを役者に据えて運転させる事による疾走感、実際に江夏夕子もステアリングを握り走り抜ける並走の美しさ。「薔薇の標的」でも書いたが、ここで西村潔はひとつキャリアハイの仕事を見せたのではないか(動員は別の話)。映画音楽的にも非常に本人の嗜好の出たものになっている。
マカオGPでの実地映像、70年代のまだ開発途上の横浜の風景も貴重。
睦五朗が渋みのある助演、田坂都がコメディリリーフを受け持っている。