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欲望の翼のericoのレビュー・感想・評価

欲望の翼(1990年製作の映画)
4.0
どこまでもウォン・カーウァイ。男と女のついた離れたというだけの話なのかも知れないが、そこには確かに人の鼓動があり、生命が一瞬の輝きを見せる。この映画を象徴するヨディの台詞は同時に、瞬間をフィルムに焼き付けるカーウァイの作家性を表すものでもある。
「1960年4月16日 3時1分前 君は俺といた。この1分を忘れない」
レスリー・チャンにしか、ヨディを演じることは出来ないだろう。絶対の孤独を携えて飛び続ける脚のない鳥。恋仲の女たちを試すように振り回す様はさながら「ブエノスアイレス」のウィンの如しだが、ヨディは恋愛感情の「向こう側」に行くことを拒むようにも見えた。恋に我を忘れる周囲の女たちとは対照的だが、それは彼が実は自分の存在の不確かさを感じていたからなのかも知れない。実の母を探すことへ情熱は、その不確かさを埋めたいという渇望と表裏だったんだと思う。
移ろう時への執着は、すなわち自分が生きた証への執着。自分を失うことを恐れ恋人との深い関係を拒んだ彼だが、その生の足跡を残そうとしたのは他でもない彼女の記憶の中だった。脚のない鳥が飛び立つときには既に死んでいた、という彼の独白は、この矛盾のことを言っているのだろうか。
脇を固める俳優陣もスター揃いである。トニー・レオンはかつて、自分の中で最高の演技をした、とこの映画のことを挙げていた。どんなシーンかは触れないけれど、トニーって味わい深いなあ…と思った記憶があります。
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