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君と歩く世界のericoのレビュー・感想・評価

君と歩く世界(2012年製作の映画)
3.5
英題は"RUST AND BONE"(錆と骨)。ボクシングでパンチを受けた時に口のなかに広がる血の味のことらしい。もう邦題には何も言わない……
女が惜しげも無く見せつけていた長い脚は、物語の早い段階で失われる。男に「娼婦みたいだな」とすら言わせしめた女にとって、ほとんどアイデンティティのようだったのがその脚だ。
男は警備の仕事と賭けボクシングで生計を立てるシングルファーザーで、女の悲嘆にも、必要最小限の関心しか払わない。敢えてそうしているわけではなく、物事を深く考えずに生きるタイプに見える。彼の言動にはほとんど魅力は感じられない。仕事で不正を働くことにも躊躇がないし、子どもはほったらかし、女にかける言葉も時々ひどくデリカシーを欠いている。

男が強く表すのがその肉体性で、常にトレーニングに励みながら、その肉体を酷使する仕事に就く。肉体を使い、感じる、という在り方が、ただそれを見せることしか知らなかった女に新たな地平を開いたのかも知れない。彼女が今持つ肉体を使い、感じる、ということを。だから、ボクシングでメッタ打ちにされる男を前にしても、その顔に浮かぶのは微笑だった。その時点で、すでに彼女は男以上の強さを手にしていたのだと思う。

一方で、男は肉体こそ強靭だけれど、精神はあまりに未成熟だった。彼には最後に、ようやく成熟のための試練が訪れる。そのときにみっともなく狼狽えるだけの男を救ったのは、決然とした女の声だったのだろう。

人と人が関わり合うことというのは、実はこれくらいさり気ないことなのかも知れないなぁ、と思った。それまで気にも留めなかった他人の美点が、ある時突然人生に意味をもたらす。物語として好きかと問われると悩むけれど、不思議なリアリティのある映画だった。
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