アー君

緋色の街/スカーレット・ストリートのアー君のレビュー・感想・評価

4.0
SF映画の原点である「メトロポリス」の巨匠フリッツ・ラングがアメリカ亡命後に撮った極上のノワール・ミステリーを堪能できた。

初老を迎えた銀行員クリス(エドワード・G・ロビンソン)が、勤続25年のパーティーの帰り道で暴漢を助けた街娼のキティ(ジョーン・ベネット)と出会ったことから、人生が転落していく物語である。

フィルム・ノワールにおけるファム・ファタール(悪女)の扱いは月並みではあったが、ストーリーの構成が無駄のない展開で緻密に計算されており、罪悪感から妄想に囚われるカットしても、モノクロ映画ならでは陰影感のバランスは絶妙であり、ラングならではの表現主義的なタッチで魅了していた。

クリスは若い男女に騙された可哀想で同情される男であったのだろうか? 

上司「迷信は?」

クリス「平気です。」

最初の場面のパーティーで上司から、1本の火で3本目のタバコがクリスに回った時に答えたセリフであるが、当時1本のマッチだけで3本目のタバコに火をつけるのは縁起が悪いという風習からであるが、建前上は上司に平気な素振りを見せていながら、手は人差し指と中指をクロスさせ十字架に見立てた「cross fingers(クロスフィンガー)」のサインをしている。これは「幸運を祈る」という意味であるが、「嘘をついたが、神に許しをもらう」という意味でもある。

クリスはキティと出会わずとも、最初から本音を素直に言えない本音と建前という複雑な二面性があり、自分に対して無意識にサインをしたのではないだろうか。

画家であることを嘘をつき、刑事であった元夫を落とし入れて、裁判の証言でも彼は偽証をおこない殺人の罪を逃れることができたが、クリスは元から虚言癖があり、その膨れ上がった罪悪感から希死念慮のような症状にまでなってしまうが、助けられる前提の行為である可能性もあり、彼の本心は定かではない。

ちなみにこのジンクスのルーツは、マッチの事業で世界的な成功を収めた実業家が、マッチの消費量を増やすために、「1本のマッチで3本のタバコに火をつけると不幸になる」という噂を広めて、周りに回って戦時中の兵隊のゲン担ぎにもなっている。

今までのエドワード・G・ロビンソンの出演作は、ギャング映画におけるイカツイ悪党の代名詞という印象があったが、本作のうだつの上がらない女房の尻を敷かれる初老という役柄を俳優としての力量を感じさせろ演技力であった。

街娼のキティ・マーチを演じたジョーン・ベネットはダリオ・アルジェント「サスペリア」でのブランク夫人が最後の映画出演となった。

※本作はジャン・ルノワール監督の「牝犬」のリメイク。
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