レオピン

ミュンヘンのレオピンのレビュー・感想・評価

ミュンヘン(2005年製作の映画)
3.7
【黒い9月】

元々国内に大量のパレスチナ難民を抱え込み彼らの後ろ盾として機能していたヨルダンだが、過激化するPLOに手を焼いていた。1970年9月、ハイジャック事件を機にとうとうフセイン国王は堪忍袋の緒を切った。彼らの中に王政廃止を掲げる主張が見られたのも理由。一時はPLO援護についたシリアとの戦争に発展しかけたがナセルの仲介でPLOはレバノンへ移転する事で手打ち(ヨルダン内戦)。同じアラブに追われた彼らは「黒い9月」を雪辱の合言葉とする。イスラエルの立場としてPLOと交渉はありえない。パレスチナ側もテロに訴える以外の手段は持てなかった…

公開時に観た記憶はほとんど残っていない。メイア首相に招集された最初と最後ぐらいしか。やはり今観てもすっきりしない展開。

映画では72年のミュンヘンオリンピック事件自体はほんのさわりだけ。核心の人質殺害の部分については、アヴナーのフラッシュバックで描かれるがこの辺が常にぼんやりと空をつかむかの印象。それもそうだ。事実、このテロの人質の犠牲はテロリスト側ではなく西ドイツ側の拙劣な警備体制が招いた疑いが強い。軍は出動できず不慣れな警察の失態が重なった。だがイスラエルはこのドイツの失策を最大限に利用した。

首相に指名され暗殺チームのリーダーとなるアヴナー。一人一殺。一人ずつ仕留めていく。暗殺チームにはクレイグやカソヴィッツなんかがいてそれなりに魅力的。二人目三人目ぐらいまでは順調だったが逡巡する姿が目立ち始め、チームのメンバーも次々と命を落としていく。女殺し屋をやった終盤あたりで急にトーンが変わってぎこちなくなる。 
一番の大物のサラメ襲撃はあっさり失敗に終わり帰国する。そして幻滅したイスラエルを離れる。

顔も息遣いも聞こえる相手を殺し続けることで心が蝕まれていく。妻子から離れ何年もの薄暗いアジト生活。対して情報屋のルイの一族がいる空間は明るくて広い。彼と父親が暮らす住まいはまるで楽園のよう。

国を信じるなというルイパパ(演じるのはロンズデール。ジャッカルの名がチラと出てきたのがおかし)。元レジスタンス活動家の彼が今や右左関係なく情報を売って生きている。どこであれ政府とだけは組まないという。情報の網の目にいることで安全が保たれているのだろう。

国の大義など関係なく場合によっては平気で裏切る。それは金のためでもなくただ自分たちの安全のため。実際はCIAともつながる。KGBともPLOともあらゆる諜報機関テロ組織と関係している。

そのルイのパパがお土産に渡す血のソーセージ あれは何を意味するのだろうか。ユダヤ教徒であるアヴナーが食べられないのを知ってて渡す。
棄教のススメか 国なんか捨てろ パトリと国家はイコールではない 自分の家族のためだけに生きろ ルイパパからのオイデオイデ作戦に見えた。

郷土を捨てても愛国者として生きる方法 まさに監督の在外ユダヤ人としての複雑な立場

大家族を奪われ国に尊厳を委ねるアヴナーの母と、国家から距離をとりながら大家族を築くルイのパパ。アヴナーはその中間にいる。まさに歴史は行きつ戻りつか

国は信用ならないが信教まで捨ててはいない。
これは明らかに政治映画だ。評判があまりよくないのも当然。終幕に在外ユダヤのスティーブン・スピルバーグが訴えたいことが前面に出てくる。
俺はユダヤを愛している でも今のアンタらの国はおかしい 

モサドの上司を食事に誘うのだってすごく象徴的だ。 
俺らは君らを普通の友人同様に扱う だから君らも普通になってくれ

ラストショットにはっきりとイスラエル(政府)批判を見る。
こんな事の先に平和はない こんな事の未来に何がある
と、CGで置いた貿易センタービルに語らせている。確かにアルカイダのテロとイスラエルを一緒にすんなという意見もそれはそれで分かるが、どこかで地続きともいえる。

一方で、狙われるパレスチナ側のターゲットも家族や仲間に囲まれてその中で生きている。
だが彼らの苦悩逡巡は一切描かれない。
一夜の邂逅のシーンでアリに、
国がないものにこの気持ちが分かるのかと言わせている。ユダヤ人に向かって。
それに対して、本当にオリーブの木が恋しいか?何もない土地に戻りたいのか
逡巡しているオレ偉いもそうだが、これも上から目線にカチンとくる所かもしれない。
今いる所で暮らせ。故郷などと言ったってどうせ遠くにありて思うだけだろ、アラブ人はどこにでも住む場所があるじゃないかと。どの口でそれ言うとんねんという。

どこまでも釈然としない作品だが追走劇が中途だからということだけでもなさそうだ。スピルバーグ映画の中では面白くない方には違いない。だけど作家性は出ているし。難しい。
スピルバーグらしいコントも若干だけど見られる。領収書よこせの所やベイルート作戦とか。あと撮影照明はやっぱりすごい。室内では顔の半分は必ず影を作り出していた。

あの夜のラジオのチャンネル争いはパク・チャヌクの『JSA』とも通じている。人間個人同士ならきっとうまくいくと信じたい。

⇒女装して襲撃したコマンドの一員、バラクと呼ばれていた男は後の首相、エフード・バラックがモデル。
軍の特殊部隊あがりが後に首相・国防相になっていくケースが大変に多いのもこの国の特徴。
片目のダヤンに始まって、ラビン、ベギン、シャミル、ネタニヤフ、シャロン、バラク、、
軍事リーダーが政治リーダーになることの一つの条件。維新の元勲みたいなもの。最近になってようやくIT起業家やジャーナリストが首相になっているのは変化の兆しなのか。
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