てつこてつ

愛してるマルスンさんのてつこてつのレビュー・感想・評価

愛してるマルスンさん(2005年製作の映画)
4.3
いつも参考にさせていただいている韓国映画ブロガーさんの評価が高かったのと、「ペパーミント・キャンディー」「オアシス」など韓国映画界のみならずアジア映画の中でも有数の実力派女優ムン・ソリが出演していることでレンタル。

一韓国映画ファンとして、本当に見てよかった!
1979年10月に起こった朴正煕大統領暗殺事件から、悪名高き「光州事件」の責任者でもある全斗煥の1980年10月の大統領就任までの激動の韓国史を時代背景に、ソウルの下町に住む中学生の少年の日々の生活を、リアリティを追求しながらも、ユーモアと温かな視線で描き上げた秀作。

中学1年生になった少年は、自分と、まだ幼い妹の生活を化粧品セールスの仕事で支える母親との3人暮らし。父親は遠くサウジアラビアで出稼ぎをしているのだと聞かされているが実態は定かではない。広い愛情で子供はもちろん、ご近所さんの誰にも分け隔てなく接する母親を、少年は、お金持ちの同級生の、上品で美しいお母さんと比べて少し恥じてもいるし、学がない事を軽蔑もしている。

思春期を迎えた少年を取り囲む人間たちは、実に様々。すぐ隣に住んでいる色白で美しい看護師助手のお姉さんは少年の憧れで、夢にまで現れ初めての夢精を体験する。ご近所の中華料理屋の息子である、ちょっと強面の同級生は左手の指が一本なく、クラスメイトは「ヤクザもん」と後ろ指を指す。少年が日々困るのは、いつも同じ曲のフレーズを大声で歌いながら、学校帰りの少年の後を楽しそうに追いかけてくる知的障害がある青年。そんな青年に対しても、母は、いつも優しく声をかける。

そう、政治が大きく動いていようが、「暗殺」という言葉の意味も知らない少年にとっての日々の生活は何一つ変わることなく、平和そのもの。彼にとって一番大切なのは、仲間同士で街の映画館でロマンポルノを見ることだったり、母親が眉毛をもう一度きちんと伸ばしてくれることだったり、憧れのお姉さんの部屋に転がり込んで、少しでも長くお喋りの相手をしてもらうこと。お姉さんから「私はソウルでは標準語を喋るようにしている。全羅道出身だと知られると嫌われるから・・」と言われても、当然、少年には全くその意味が分からない。そんなある日、母親が激しく咳き込むことが多くなっているのに気づくのだが、母親は笑顔を絶やすことなく、何一つ語るところはない・・

終盤からストーリーは暗い方向にかじを取るが、決して泣かせには行かないし、救いのないエンディングであるのに、何故か温かい気持ちにさせられた。

真っ黒に日焼けしたニキビだらけの坊主刈りの主人公の少年を演じたイ・ジェウンは、子役に有りがちなあざとい芝居がなくて、実に生き生きとしてる。これは、幼い妹や同級生役の少年たちを演じた役者陣にも共通していて、まだ幼稚園くらいの妹が母を思い出し号泣するシーンはとても胸を詰ませるし、知的障害を持つ青年の役には、ダウン症の俳優さんをキャスティングするなど、リアリティも追求している。

シーンごとに登場する1980年当時の韓国の生活風景や文化をうかがい知れるもの楽しい。「ドラえもん」でしか見たことがない公園に転がるセメント製の大きな丸いパイプ、食卓に並んだ彩り豊かなおかずの品々とお焦げご飯、おやつに食べる韓国伝統菓子、教室のナイフ傷や鉛筆傷でボロボロになった木製デスク、玄関先で大量の白菜や大根を前にキムチの仕込みに取り掛かる風景、商店街の壁に貼られている映画のチラシ、時代を感じさせる鏡台や、木の箱に入った白黒テレビ・・。そして、出ました、「不幸の手紙」!!日本でも凄く流行っていたのが、韓国にも渡っていたとは!!

軍事政権の影響もあり、どうしても日本より経済成長が遅れてしまっていた80年初頭の韓国は、さながら昭和50年代の日本という感じで感慨深い。

ラストの少年の空想の中で主要キャラクターが全員で楽しく踊っているシーンは秀逸。
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