★ クーに入ってはクーに従え
西暦1986年。
ベルリンの壁は崩壊し、ソ連邦も解体される…そんな激動の波が訪れるよりも前に本作は生み出されました。それゆえに政治的に濃厚な物語…ではなく。全体的に“ゆるい”物語でした。
鼻の下に鈴をつけて。
檻の中で「ママーママー」と歌い。
何があっても「クー」、怒ったら「キュー」。
砂埃の中で汗みどろになる物語なのです。
だから、表面だけ切り取れば。
共産主義国家で作られた珍妙な映画。
そのシュールな展開に笑うだけでありましょう。
しかし、その根底に流れる叫び。
それは、母国ソビエト連邦に向けた…いや、人間社会全体に向けたメッセージ。権力に平伏し、差別で構成された社会で暮らす…そんな“怒りと哀しみ”で耳が千切れそうな世界に吐き出された想いなのです。
だから、主人公が嫌な奴であるのも必然。
既存の価値観を守るように。あるいは横暴な世界の理に唾を吐くように。彼は不遜なのです。それはまるで世界に背を向けるかのよう。そして、彼の凝り固まった価値観が揺らぐからこそ、観ている側も感情を揺さぶられるのです。
この振り幅の広さは見事な限り。
雄大なスケール感はハリウッド映画にも勝るとも劣らない…というか、大雑把さと繊細さが共存する筆致は唯一無二。さすがはツンドラから熱砂の大地まで存在する国の作品ですね。
まあ、そんなわけで。
言葉では説明できない見事な映像作品。
固定観念を抱かずにフラットな気持ちで臨むことをオススメします。
ただ、一点だけ欲を言えば。
カルトな映画だとは理解していますが、日本語吹き替えも用意してもらいたいところ。そうすれば、子供に見せることが出来ますからね。頭が柔らかいうちに、この世界観に触れさせたいなあ。
あと、個人的にはソ連(ロシア)の映画は初めてだったのですが、他の作品も突き抜けているのか…少し気になりましたよ。政治問題がクリアになれば輸入も増えるのでしょうかね。